


(県民は)
「昔とは全然違う、昔は人が多かった」
「階が変わるごとに知り合いに会うぐらいたくさんいた」
「時々利用する。日用品とかプレゼント買ったり」
「ロフト・無印・コスメぐらい」
「あまり利用しない。アミコで利用するのは地下に行くぐらい」
「3階や4階はガラガラ。(新しい)店が入ったと思ったらすぐにやめてしまって、休憩の場所がいっぱい増えている」

徳島駅前の顔、アミコビル。
そのアミコビルを管理・運営する徳島市の第三セクター「徳島都市開発」に3月、激震が走りました。

(徳島都市開発・南波岳大 社長)
「3月いっぱいで辞任させていただく旨を、取締役会の中で承認されました」
企業再生のエキスパートとして、2024年に鳴り物入りで就任した南波岳大社長が突如、辞任を表明。
アミコビル再建を託されてから、わずか1年3か月後のことでした。

(徳島都市開発・南波岳大 社長)
「明確に申し上げると、徳島とアミコのため」
「徳島都市開発代表取締役社長という肩書の中では力が及ばないところがたくさんある」
「アミコ単体の魅力づくりをするのであれば、時間とお金といろいろなものが不足している」


東京都出身の南波社長は、大手百貨店・伊勢丹勤務を経て2019年には羽田空港のブランディングに携わりました。
また、2022年からは、当時、経営不振に陥っていた岩手の老舗百貨店再生を手掛けるなど、初の民間出身社長として大きな期待が寄せられていました。
しかし、市の第三セクターという特殊な状況のもと、その手腕を存分に発揮することはできませんでした。

(徳島都市開発・南波岳大 社長)
「みんなが腹落ちする、『徳島はこういう町に進んでいくんだ』っていうビジョンの中で、アミコの今後の方向性を考えればいい話」
