公開日時 2026年03月26日 14:57更新日時 2026年03月26日 15:09
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座間味村にある「平和之塔」の前で手を合わせる遺族=26日、沖縄県座間味村
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嶋岡 すみれ
1945年3月26日に米軍が沖縄県座間味村に上陸し、村内で起こった「集団自決」(強制集団死)から81年となった26日、同村座間味にある平和之塔に村民や遺族らが訪れて犠牲者を追悼した。今も世界で戦争が続く。遺族らは刻銘板にある多くの名前を見つめながら、世界の平和を願った。
村では5年ごとに村主催の慰霊祭を開催しており、今年は自由追悼だった。
81年前、村では米軍の激しい砲撃と日本軍の強制や誘導によって、住民らが「集団自決」に追い込まれた。平和之塔は「集団自決」の犠牲者を含む村民647人と、日本軍人376人、朝鮮人軍夫や教員ら177人の計1200人を追悼している。
當間やす子さん(80)=座間味村=は、10歳ごろに亡くなったという叔父の仲村渠栄興さんの名前を見つめた。當間さんは「戦争はないほうがいい。亡くなる人がいっぱいいる」とこぼした。
栄興さんは米軍の砲撃によって首が飛んで亡くなったという。死後、當間さんの親族が胴体だけを袋でつつんで墓に入れた。「おとなしくて優しい子だったと聞いている。今日はごちそうを作ってお供えしようかな」と幼くして命を落とした叔父を思いやった。
座間味村で生まれ育ち、現在は那覇商業高に通う仲村伊織さん(16)=那覇市=は毎年家族で平和之塔に来ているという。今回も帰省に合わせて父の博之さん=座間味村=とともに足を運んだ。「戦争が今の時代も起きていることが信じられない。戦争がなくなってほしい」と願った。
