今年1月に東京で行われた、ラグビーの大学選手権決勝で、明治大学が早稲田を破って「大学日本一」に輝きました。
その中心メンバーのうち2人が、秋田市出身です。
卒業を間近に控えた2人をそれぞれの母校で取材しました。
23日は、スクラムハーフ柴田竜成選手です。
先月。全国屈指の高校ラグビーの伝統校をたずねました。
秋田工業高校出身で明治大学ラグビー部4年の柴田竜成選手。
ラガーマンとしてはスマートな174センチ81キロ、ポジションはスクラムハーフです。
柴田選手はスクラムなどからボールを出して攻撃の起点となる、明治の「司令塔」です。
テンポの速いパス回しと、正確な判断で、チームをコントロール。
帝京・筑波・慶応など強豪揃いの関東大学対抗戦で去年、5年ぶりにチームを優勝に導きます。
そして年末年始の大学選手権では、決勝で早稲田を破り大学日本一に輝きました。
柴田竜成選手
「いやもう人生で一番うれしかったです」
田村修アナウンサー
「今まではそう味わったことないような…?」
柴田選手
「味わったことないような、日本一っていう経験が初めてだったので、悔しくて泣くときあるんですけど、うれしくて泣くときは初めてだったので、うれし泣きするくらいうれしかったです」
次のステップを見据え秋田に帰ってきても、日々の体づくりは欠かしません。
許可をもらって、母校でトレーニングをしています。
父と兄の影響で幼稚園の頃からラグビーを始めた柴田選手。
高校時代も9番でスクラムハーフ、秋田工業のキャプテンでした。
全国大会にも出場していましたが、大学に入ってからはレベルの違いを痛感したといいます。
柴田選手
「秋田工業ではほんと自分の好きなようにやらせてもらってたんですけど」「もう自分の行く方が正解みたいな感じだったんですよ」
田村アナ
「大学で一番何苦労しました?」
柴田選手
「やっぱ周りのレベルの高さっていうので、周りは高校日本代表候補代表の人が多かったのでその中でレベルにまずついていくのが大変でした。明治に行ってからじゃシステム(攻撃や防御の決まり事)とかもあるし、自分の好き勝手にはできなくなってそこでまず苦労して…」
田村アナ
「何でついていけたんですか?」
柴田選手
「やっぱり練習を諦めずやってたので」「自分のポジション、スクラムハーフなので、パス、キックだったりっていうのを練習しながら、その練習映像だったり試合映像を自分のを振り返りながら」「全体練習以外の自主練習でしっかりとカバーできるように人よりもやるってことは意識してました」
大学3年生になってようやくつかんだレギュラーの座は、まさに努力の賜物。
その原点は、母校にありました。
田村アナ
「ここで培ったものって何だと思います?秋田工業で」
柴田選手
「今でも生きてるのはひたむきさの所かなっていうふうに思います。ボールへの執着っていうか最後まで諦めないっていうところはここで学んだことかなっていうふうに思います」
柴田選手は、卒業後、ラグビーのトップリーグ「リーグワン」で現在上位争いを続けている、クボタスピアーズ船橋・東京ベイでラグビーを続けます。
柴田竜成選手
「同じチームに、同じポジションに日本代表の藤原忍選手がいるので、その人にしっかり教えてもらいながらしっかり吸収して、上を目指していけたらなっていう風に思います」
田村アナ
「上って何でしょうね?」
柴田選手
「日本代表に近づけるように頑張っていきたいです」
田村アナ
「めちゃめちゃボク言わせてますよね」
柴田選手
「ハハハハハハ」
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柴田選手は、明治大学の卒業式を今週控えていますが、すでにクボタスピアーズの練習に参加してます。
部員が60人いて、同じポジションのスクラムハーフは、ほかに6人もいます。
日本代表とも切磋琢磨しながらまずは試合出場を目指して、不断の努力を続けてほしいと思います。
次回は大学日本一メンバーのもう1人、秋田市出身、最上太尊選手をお伝えします。
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