
2011年、麻薬密売組織セタス・カルテルは、捜査当局に内通したと思われる構成員への報復として、北部にあるアエンデ市とその周辺の町を襲い、少なくとも60人を殺害した。祖先をたたえるメキシコの祝日「死者の日」には、街はいつにも増して悲しみに包まれる。(PHOTOGRAPH BY KIRSTEN LUCE)
米国当局が漏らした情報が、麻薬密売組織の襲撃を引き起こした。多くの命を奪った惨劇を、当事者たちの証言で再現する。
メキシコ・コアウィラ州のアエンデ市でただならぬ事件が起きたことは、その一角を見ただけでわかった。大きく穴の開いた壁、焦げた天井、ひび割れた大理石のカウンター、倒れた円柱……崩れ落ちた邸宅には、靴やテレビ、玩具など、日々の暮らしの名残が散乱している。
人口は約2万3000人。米国テキサス州との国境から車でわずか40分の距離にある、牧畜業で栄える静かなこの街が襲撃されたのは2011年3月のことだ。世界的に悪名高い麻薬密売組織、セタス・カルテルから送り込まれた殺し屋たちが、アエンデとその周辺の町を破壊した。拉致や殺害の犠牲者はおそらく数百人にも達するとみられている。

凶行に及んだセタス・カルテルは、彼らの組織とは何の関係もない男女や子どもを拉致した。殺害された人々のなかには、友人とサッカーの試合を見に出かけていたエドガー・アビラもいた。写真に写っているのは、エドガーと妻、そして夫妻の娘だ。(PHOTOGRAPH BY KIRSTEN LUCE)
メキシコで起きる襲撃事件の多くは、麻薬戦争に巻き込まれた結果だが、アエンデの場合、発端が国内ではなく、米国だったことがほかとは異なる。きっかけは、米国で麻薬取締局(DEA)の捜査が予想外の成果を上げたことだ。セタス・カルテルの一員を説き伏せ、指名手配中の組織のリーダー、ミゲル・アンヘル・トレビーニョと弟オマールの携帯電話を追跡できるPIN番号(暗証番号)を入手したのだ。
そこでDEAは賭けに出た。以前から情報の漏洩が後を絶たないメキシコ警察の捜査班にこの番号を教えたのだ。するとトレビーニョ兄弟はすぐに気づき、情報を漏らしたと思われる人間とその家族、遠縁までも対象に、報復に出た。しかし、アエンデが襲撃されたのは予想外だった。彼らはこの一帯を麻薬取引の拠点として月に数十億円相当の売買をしていたし、この街で暮らしてもいたからだ。
メキシコ当局は事件の後、何年にもわたって中途半端な捜査を繰り返し、犠牲者の特定も完全に終わらないまま、街に慰霊碑を建てた。米国当局は、メキシコに協力してトレビーニョ兄弟の逮捕にこぎつけたが、情報の漏洩がこの惨劇を引き起こしたことは認めなかった。そして、住民たちはひたすら口を閉ざした。

虐殺が始まっても、地元の警察は傍観していた。数年後、セタス・カルテルのリーダーたちが投獄されると、やはり襲撃を受けたピエドラス・ネグラス市では、警官をほぼ全員解雇して新たに採用。軍隊に共同パトロールを要請して、行政の信頼回復に努めた。(PHOTOGRAPH BY KIRSTEN LUCE)
ナショナル ジオグラフィックは1年前、米国の非営利の報道機関「プロパブリカ」と協力し、事件の全容解明に乗り出した。襲撃の矛先となった住民や、命の危険にさらされた関係者に、自らの言葉で語ってもらうためだ。職務を放棄した役人、組織から脅された家族、DEAに協力した構成員、この事件を担当した米国の検察官、DEAの捜査官など、これまでほぼ公になっていない声を集めた。
捜査官のリチャード・マルティネスは、虐殺における自分の所業を問われると、椅子に座り込み、涙を浮かべてこう語った。「情報が漏れたとき、どんな思いがしたかって? 何も言いたくない。放っておいてくれ」
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この記事について 非営利の独立系報道機関「プロパブリカ」との協力の下、ピュリツァー賞受賞ジャーナリストのジンジャー・トンプソン(Ginger Thompson)が取材。写真はカーステン・ルース(Kirsten Luce)、補足取材はメキシコ在住のジャーナリスト、アレハンドラ・サニク(Alejandra Xanic)が担当した。
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