ヨーロッパ随一の強国は、ひとりの男によって作り上げられた。その名は神聖ローマ帝国初代皇帝・オットー1世。欧州を席巻した苛烈な王の生涯は、戦いの軌跡だった。身内からの反乱にイタリア遠征、そして強敵ハンガリーとの戦争。彼はいかにして数多の勢力を下し、その地位を固めていったのか。
オットー1世の生涯を辿れば、中世ヨーロッパが見えてくる。ドイツの源流・神聖ローマ帝国の歴史を綴った『ドイツ誕生 神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世』から一部抜粋・再編集してお届けする。
『ドイツ誕生 神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世』連載第44回

『軍事力、血統、そしてキリスト教の権威…オットー1世が「皇帝」の正当性を確立するために用意した「国家戦略」』より続く。
対ハンガリーで一体となった諸侯
さて、「レヒフェルトの戦い」の大勝利。
人によっては隣国の難敵ハンガリーを撃破したことにより、ドイツの民族主義が芽生えた、とする向きもある。
たしかに、オットーの父ハインリヒは926年にハンガリーの侵攻に手を焼いて、敵のハンガリーに貢納金を払うという屈辱的休戦条約を結んだ。そしてハインリヒはヴォルムスで宮廷会議を開き条約の是非を問うた。会議に参集したのはザクセン、シュヴァーベン、フランケン、バイエルン、ロートリンゲンの貴族である。なかには新シュヴァーベン大公ヘルマンと後に正式にロートリンゲン大公となるギーゼルベルトの顔も見える。
彼ら大公や貴族たちはハインリヒの提案を受け入れ、ハンガリーに払う莫大な貢納金の分担も引き受けた。この東フランクの大公や貴族たちの臥薪嘗胆が933年3月15日の「リアーデの戦い」での対ハンガリー戦の大勝利に結実したのは先に書いたとおりである。
つまりこのとき当時の東フランク王国を構成するザクセン、シュヴァーベン、フランケン、バイエルン、ロートリンゲン大公領が、日頃の割拠体制を一時的に棚上げにして一つにまとまったのもたしかである。
次に、オットーの長子のリウドルフの反乱の時である。東フランクを二分するほどの血みどろな内乱に発展したこの反乱は、当初はリウドルフ陣営有利に推移した。ところが954年2月、突如として形勢は逆転した。リウドルフが父オットーを追い詰めるためにハンガリーと手を結んだという事実が知らされたのである。リウドルフ陣営に加わっていた貴族たちまでもがリウドルフに背を向けオットーのもとにはせ参じ、内乱はオットー勝利のうちに終息した。ここでもハンガリーがきっかけとなっている。

「ハンガリーがドイツを作った」
そしてこの「レヒフェルトの戦い」である。各大公領は進んで軍を供出している。
つまりハンガリーという危機が東フランクをまとめたのである。それではその危機が去った後はどうなるのか?
紀元前5世紀、日頃いがみ合っていたギリシャの各都市国家は、強大なペルシャ帝国の襲来に一丸となってこの難敵に勝利した。ところがその後、その大勝利の分け前を巡って各都市国家はアテネとスパルタ陣営に分かれペロポネソス戦争という未曽有な内戦に突入している。まさに人間とは我が幕末の志士高杉晋作が喝破したように「艱難辛苦はともに出来ても富貴はともに出来ない」といったところか。
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しかし東フランク王国は違った。レヒフェルトの戦いの大勝利の後、国家としての一体感が高まっていったのである。
この東フランクがやがてドイツとなる。だとすればここで思い切って「ハンガリーがドイツを作った」という仮説を立てることができるかもしれない。
しかし、これはドイツという言葉すらなかった時代のことである。それゆえこの仮説には多くの検証を必要とするだろう。
というのも、この時の東フランクのまとまりは異教徒ハンガリーに対するもので、ドイツ人意識の誕生とは言い切れないのである。ドイツ人意識の誕生に関して言えば後述するように、対西フランク(フランス)との関係や、そしてなんと言ってもオットーが3次にわたって繰り返したイタリア遠征こそが大きな要因となったのである。
ただ、確実に言えることは一つ。それほどレヒフェルトの戦いの大勝利はその後の東フランク、引いては後のドイツにとって大きな意味を持っていたということである。
こちらの記事もおすすめ<『ハプスブルク家の華麗なる受難』が描く「ヨーロッパの中心で輝き続けた一族」の物語』>へ続く。

現在のドイツの源流になった神聖ローマ帝国。その初代皇帝・オットー1世の人生は戦いにまみれたものだった。身内からの反乱にイタリア遠征、そして強敵ハンガリーとの戦争。オットー1世の生涯を辿ることで、中世ヨーロッパが見えてくる。
さらに現在マガジンポケットで連載中の漫画『ハプスブルク家の華麗なる受難』(原作:あずま零、漫画:稲谷、監修:菊池良生)では、13世紀以降の神聖ローマ帝国の歴史をハプスブルク家を主人公に描いています。軽快なコメディで、大人なら知っておきたい歴史の教養を学べル本作もぜひあわせてご覧ください。
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