どんなスポーツでも安全対策は徹底的に行われるべきだ(写真の画像は埼玉栄高校とは関係がありません、SeppによるPixabayからの画像)

 3月6日、埼玉県警は私立埼玉栄高校(さいたま市)サッカー部の男性監督(43)と男性コーチ(38)を業務上過失致死傷容疑で書類送検しました。

 これは2024年11月、同校の寮を抜け出した男子生徒4人が、校舎と離れた位置にある運動部グラウンドで、整備用に使われていた軽乗用車を走らせて横転、1人が死亡、1人がけがを負った事故の責任を問われたものです。

 サッカー部監督とコーチは、事故を起こした軽自動車の鍵を車の中に置いたまま(挿したまま)など、生徒が無断で自由に乗り回せるような状況にして放置しており、そのずさんな管理に刑事責任が問われたものです。

 今回書類送検された監督は「すぐグラウンド整備ができて便利と思った」、コーチも「監督の指示で車内に鍵を入れ外部コーチに教えた」などいずれも容疑を認めているとのこと。

 また、無断で軽自動車を運転していた元生徒(17)も昨年11月書類送検されており、本人も「スリルを味わうために運転した」と容疑を認めていると報道されています。

 亡くなった生徒の遺族は代理人弁護士を通じ「現場の先生だけを罰するのは『トカゲのしっぽ切り』でしかない。組織としての責任を問い、本当の意味での再発防止につなげてほしい」とコメントしています。

 また、リンクの報道によれば捜査関係者は「後部座席に同乗していた男子生徒2人を、運転していた生徒の行為に加勢したとして現場助勢容疑で書類送検する方針」とも伝えられます。

 仮にそのような状況になった場合、どうなるのでしょうか?

 つまり、現場の管理をしていた先生と、無断で車を運転していた生徒たちが刑事責任を問われ、さて、学校法人側は?

 こう見ると、少なくとも現時点では書類送検の対象ではない。だとすれば、組織には何の影響も、再発防止のための本質的な対策も期待できないリスクが高まってしまいかねません。

教育機関に蔓延する「無謬原則」

 実は今回の書類送検に先立って、私はこの事件の関係者から詳しい話を聞く機会がありました。

 本件についてはすでに第三者委員会による報告書も公開されており、この記事の反響によっては、より詳細に踏み込んだご紹介もしたいと思います。

 さて、私がこの事故を知って最初に思い出したのは、自分の在職する大学を含め、複数の教育機関で経験してきた「無謬原則」の悪弊です。

 東京大学の事例でご説明しましょう。

 1999年に人事があってからすでに27年、私はこの国立大学(法人)に在籍していますが、「無謬原則」の建前で責任を回避する事例は、率直に申して枚挙の暇がありません。

 現時点での問題がないよう、すでに四半世紀以上昔の2000年、遠の昔に定年退職した人たちの実例を記します。

 ある(元)教員の個人マンションで、一部の教授数人と学生たちの懇親会が金曜日の晩に開かれました。

 その場で、数人の(元)教員が一人の女子学生に「ちゃんぽん」で酒を勧め、酔い潰してしまうという事態が起こりました。

 足元の危ういその学生と、もう一人友達の女子学生がエスコートして「先に帰ります」と言ってと出て行きました。

 その場に合計5~6人いた教授の中で、帰って行った女子学生を心配する人(25年以上前の話で全員退職しています)は、一人もいませんでした。

 当時、私は30代新任の助教授でした。これに先立って10年間ほど音楽の仕事で社会生活を送っており、東大着任直前までテレビ朝日系列「題名のない音楽会」の音楽責任者を務めていました。

 そのため、六本木界隈での飲み会(や付随する事故など)も経験していましたので、酔っぱらった若い女性を2人だけで帰すのは明らかに危ないというのは私の中では常識でした。

(そういう常識なしに酒盛りを続けられる「先生」が20世紀にはまだたくさんいたということです)

 心配した私は、よたよたと帰って行く女子学生にエレベーターホールで追いつき、階下に降りる途中、女子学生はまずエレベーターの加速度にやられてまずダウン、膝が笑ってしまって立てません。

 身体を支えてどうにかマンションを出、タクシーを拾う段階で嘔吐が始まり、結果的に私とほぼシラフだった学生の2人ですべて対応しました。

 最終的に女子学生2人を安全に自宅へ送り届けて私が宴会の行われていたマンションに戻って来たのは、空が白み始めた頃でした。

 そして、その場にいた教授陣に何が起きたかを説明したのですが・・・。

 何と、「酔いつぶれた学生」は週明けに「すべては自己管理の不足で、先生方には何の責任もありません」という一筆を書かされたというのです。

 驚愕しました。マンションの持ち主だったその先生は、「大学は無謬でなければならない」からと言うのです。

 今では考えられないこと(であることを祈ります)ですが、20世紀の大学では、これに類することはいろいろあり、私自身も学生の立場で手ひどいハラスメントを受けた記憶が一度でなくあります。

 本件の主犯、飲み会で、面白がって主に学生に酒を飲ませていた教員、仮にXとしておきますが、これも当然一切お咎めなし。

 そういうものか、と私は驚きましたが、ずっと後になってその人物が「春の褒章」で勲章など貰っているのには、さすがに呆れました。

 抽象的に記しましたが、すべて実話です。当時の教育機関では、こうした問題が表面化しにくい雰囲気があったのも事実でしょう。

 むしろ「大学の無謬性」を保った、「組織を守った」などとして「美談」化していたわけで、返す返すひどい話です。私自身も被害経験のある「昭和の学生」として匿名的に記しておきます。

 これとは違いますが、「無謬原則」のとんでもない事例が「令和」になってもなかったわけではありません。折があれば再発防止の観点からご紹介したいと思います。