島根県・玉造温泉にある温泉旅館「界 玉造」。夜の帳が下りる頃、私たちの「もう一つの仕事」が始まります。
数時間前までフロントでチェックインのお手伝いをし、あるいはレストランで料理の説明をしていた私たちは、衣装に着替え、お面を被ります。笛の音と力強い太鼓の響きがロビーに鳴り渡る時、私たちは「温泉旅館のスタッフ」から、神話の世界を生きる「神楽の演者」へと変わるのです。
なぜ、プロでもない私たちが、これほどまでに過酷な石見神楽を舞い続けるのか。その裏側にある、私たちの10年の物語をお話しさせてください。
怒っていたお客様が笑顔に変わる、「私」たちが舞う理由 ‐ 石…の画像はこちら >>
演舞の本番前、準備最後のお面をつける
はじまりは、真っ暗なロビーでの「独り稽古」でした今から10年前。当時の界 玉造で、その地域独自の文化や伝統工芸、芸能、食を体験できるおもてなし「ご当地楽」として夜の時間に行われていたのは奏者による雅楽の調べでした。雅楽の旋律は非常に優雅で、宿に落ち着いた品格を与えてくれていました。
しかし、私たちはどこかで物足りなさを感じてもいたのです。出雲という神話が今も息づくこの土地に漂う、もっと荒々しく、生命力に溢れたエネルギーをお客様に肌で感じていただくには、洗練された「鑑賞物」だけでは足りないのではないか。
プロの演奏を遠くから眺めるのではなく、私たち自身が表現者となり、泥臭くともお客様の魂を震わせるような感動を直接届けたい。その強い想いが、島根の魂とも言える「石見神楽(いわみかぐら)」への挑戦を突き動かしました。

約10年前に行っていたご当地楽「雅楽」
しかし、決意した私たちを待っていたのは「どうやって習得するか」という高い壁でした。島根にはいくつかの保存会がありますが、そのほとんどが地域に根ざした保存会です。
素人の、しかも旅館のスタッフが自分たちで舞いたいと言い出して、果たして受け入れてもらえるのか。私たちは必死に指導者を探し、保存会の門を叩きました。
「お客様に島根の文化を伝えたいんです」 その熱意を唯一受け止めてくださったのが、安藤美文先生でした。地域の伝統を外の人間が扱うことへの厳しさもある中で、先生は私たちの想いを汲み取り、指導を引き受けてくださったのです。
指導の道筋が見えたとはいえ、現場での日々の練習は孤独なものでした。最初はたった数人の有志。
まずは一人で舞える「恵比寿」からのスタートでした。先生が舞う姿を動画に収め、仕事が終わった後の真っ暗なロビーで、その動画を何度も見返しました。
「この足の運びはどうなっているんだろう」
「このタイミングで袖を振るのか」
正解がわからないまま、動画の中の影を追うようにして、ただひたすらに体を動かしたあの日々が、私たちの原点です。

御年86歳 安藤 美文先生!
86歳の師匠と、20kgの衣装が教えてくれたことやがて演目は、石見神楽の代名詞である「大蛇(おろち)」へと移っていきました。
ここからが本当の試練でした。
私たちの師匠は、地元・島根のレジェンド、86歳の安藤先生です。先生の指導は技術以上に「魂」を求められます。
「腰をもっと落とせ、心を舞え」と。
神楽の衣装は、時には20kgを超えます。それを背負って激しく舞うのは、想像以上に体力勝負です。さらに私たちが演舞する場所は板間ではなく、館内の絨毯。絨毯との摩擦でより一層負荷がかかり、蛇胴(=大蛇役が体に巻きつける衣装のこと)の中は一瞬で汗だくになります。
それでも私たちが舞台に立ち続けるのは、私たちがどれだけ島根の文化・伝統に真剣に向き合えるか。その熱量をお客様に伝えたいからです。

毎月の練習では厳しくも温かい指導をしてくださいます!
怒っていたお客様が、笑顔に変わったあの夜

演舞「大蛇」のワンシーン
ある夜、忘れられない出来事がありました。
滞在中に私たちの不手際から、大変立腹させてしまったお客様がいらっしゃいました。もちろん、すぐに私たちは何度も頭を下げ、言葉を尽くしてお詫びを重ねました。
しかし、謝れば謝るほど、私たちの言葉は空回りし、宙に浮いていくようでした。
その夜、そのお客様が、石見神楽の演舞を見るために演舞会場にお越しになり最前列に座られたのです。 私たちは、今できる最高の舞を届けることだけに集中しました。
20kgの重みに耐え、大蛇を必死に操り、神話の世界を全身で表現しました。
上演後。お面を外してご挨拶に伺うと、そこには満面の笑みを浮かべたあのお客様がいらっしゃいました。
「素晴らしかった」
そう言って、私たちと一緒に笑顔で記念写真を撮ってくださいました。
あの時、言葉によるお詫びだけでは届かない場所に、本気のパフォーマンスなら届くことがある。神楽は、私たちの接客の一部だということを、確信したのです。
「増えていく仲間」と舞う、今の誇り

演舞を行うスタッフたち
10年前、2~3人で始まったこの取り組みは、今では10人以上ものスタッフが演舞ができるようになりました。
メンバーは多種多様です。前職で遺跡の発掘をしていたスタッフは、大蛇に独自の「愛嬌」を加え、子供たちを喜ばせています。小柄な女性スタッフも、男性に負けない力強い舞で会場を驚かせます。
もちろん、その華やかな舞台の裏側は、肉体との戦いでもあります。お面の下では、みんな必死です。20kgの重みに耐え続ける体は、悲鳴をあげることも少なくありません。
あるスタッフは、月に一度のアロマオイルエステに通って固まった筋肉を丹念に解きほぐし、またあるスタッフはカイロプラクティックで演舞によって生じた体の歪みを整えたりもしています。
そこまでしてでも、自分の体と向き合いながら「練習に行こう」と声を掛け合うのは、この活動を通じて生まれる「絆」があるからです。
お面の下では、みんな必死です。腰を痛めたり、足の皮が剥けたりすることもあります。それでも「練習に行こう」と声を掛け合うのは、この活動を通じて生まれる刺激があるからです。
「あいつがあれだけ頑張って舞っているんだから、自分もレストランでのサービスで負けられない」
そんな刺激が、私たちの日常の接客にも新しい風を吹き込んでいます。
私たちの演舞に、終わりはありません界 玉造の石見神楽に「完成」という言葉はありません。
10年経った今も、私たちは安藤先生の指導のもと、どうすればもっと迫力が出るか、どうすればもっと島根の魂を感じていただけるかを問い続けています。
私たちが舞う理由は、単に伝統を守ることだけではありません。
この土地に生き、この土地の歴史を背負い、お客様と一期一会の感動を分かち合いたい。その想いがお面の下には詰まっています。
今夜もまた、舞の音が響き始めます。
おもてなしのプロとして、 島根の文化を伝えていく者として、私たちは、これからも熱い演舞をお届けしていきます。

