日本各地では、風土に根ざした多様な染織品が古くから作られてきました。その美しい布を次世代へと受け継いでいきたい──そんな願いを込めて、全国の産地を取り上げた特集「染織レッドリストを救え」は、雑誌『美しいキモノ』で大きな反響を呼びました。この特集を、各産地への最新リサーチ情報を加えて、デジタル連載として復刻します。
北から巡る連載の第11回では、埼玉県の「秩父銘仙」をはじめ、「川越唐桟(唐棧・とうざん)」「熊谷染」「草加本染ゆかた」「武州正藍(しょうあい)染」「本庄絣」「飯能大島紬」「所沢絣」「行田足袋」を紹介します。
日本全国 染織レッドリストを追う埼玉県「秩父銘仙」大胆でカラフルな普段着の絹織物
撮影=中村淳
現在の秩父銘仙。色柄は豊富です。制作/新井教央[新啓織物]すべて/染織こうげい浜松店
秩父市で織られている先染めの絹織物。模様は経絣で染められ、生地には玉虫光沢があります。糸には絹練糸などが使われます。秩父は養蚕業が盛んで、昔から屑繭などで自家用の絹織物が作られてきました。
かつては素朴な縞が主流でしたが、一九〇八年に故・坂本宗太郎氏が「解し捺染(ほぐしなっせん)」を考案し、多色使いで大柄の曲線模様の絣織物ができるように。大正から昭和の戦前にかけて、大胆で斬新な意匠の銘仙が作られ、大衆用の絹織物として大人気になりました。
経糸をざっくりと仮織りしたものを型紙で捺染(なっせん)し、再び織機にかけて、仮の緯糸を解(ほぐ)しながら織ることから「解し織(ほぐしおり)」とも呼ばれます。戦後は洋装化の進行などで生産が減少。現在は数社で作られています。二〇一三年に経済産業大臣の指定する伝統的工芸品になり、再び注目されています。埼玉県指定の伝統的手工芸品。
制作工程
写真提供=新啓織物
経糸を整経します。
写真提供=新啓織物
経糸を仮織機にかけ、経糸がずれないように緩やかに緯糸を入れて仮織りします。
写真提供=新啓織物
型紙を使って経糸に模様を捺染。枠付きの型紙に、ヘラまたは刷毛を使います。
写真提供=新啓織物
捺染した経糸を蒸し箱で蒸して色を定着させます。
写真提供=新啓織物
「巻き返し」をして、経糸の状態を確認して調整します。
写真提供=新啓織物
経糸を織機にセット。粗く織り込んだ仮織の緯糸が見えます。
写真提供=新啓織物
半木製の力織機で、仮織りした緯糸を解しながら、本織り用の緯糸で本織りします。
【その後の秩父銘仙(2026年現在)】
新啓織物、逸見織物などで制作が続けられています。新啓織物のFacebook、インスタグラムでは制作の様子や展示会などの情報を発信。木綿の銘仙も織られています。秩父に1軒残った養蚕農家との協力や、アパレルブランドとのコラボも進行中です。
毎年12月に開催される秩父夜祭では、現在、祭に参加する6町会中、3町会で秩父銘仙の着物を着ており、今後は全ての町会で秩父産の繭で作った秩父銘仙が着られることを目指しているそうです。また、ちちぶ銘仙館では、秩父銘仙、秩父織物に関する貴重な資料を展示しています。
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「川越唐桟(唐棧・とうざん)」「熊谷染」「草加本染ゆかた」「武州正藍(しょうあい)染」「本庄絣」「飯能大島紬」「所沢絣」「行田足袋」について詳しく紹介します。
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埼玉県「川越唐桟」一世を風靡した「川唐」を地域で再興
撮影=遠藤 純カラフルになった現代の川越唐棧。地元の呉服店「呉服笠間」などで販売されています。
唐桟(唐棧・とうざん)とは、江戸時代に舶載された東南アジア産の縞木綿のこと。インドのセントトーマスから運ばれたことにちなんで当初「サントメ(棧留)」と称したといわれ、絹のような風合いで通人に珍重されました。後に国内でもそれを模した織物が作られ、それと区別して輸入品を「唐棧」とよんだものがやがて総称になりました。
川越では十八世紀初頭の殖産興業策により養蚕や絹織物業が発展しますが、開国後に低迷。しかし海外の木綿糸に着目した商人が高品質の細い木綿糸を輸入して川越で唐棧織を始めます。すぐに大評判となり、「川唐(かわとう)」とよばれて盛んに作られました。幕末から明治にかけて最盛期を迎えましたが、明治二十六年の大火の影響などもあって衰退、長らく途絶えていました。
昭和五十年代になり、川越唐棧の伝統を惜しむ織物業者が力織機で復活。また、その後、有志の市民が集って「川越唐棧手織りの会」を作り、二十五年以上にわたり製作を続けています。古い縞帳をもとに往年の「川唐」の再現にも取り組んでいるそうです。
ここで紹介するのは手織りの工程。高番手の紡績糸を藍をはじめ様々な植物染材で染め、高機で手織りします。細い糸を二本引き揃えて織ること、打ち込みが強いことで唐棧ならではの光沢のあるしなやかな風合いになります。
制作工程
1. 糸作り
手織りの会では会員が棉(わた)を栽培し、糸を紡いでいます。収穫した綿の種を取り、布団店に綿打ちを依頼。ほぐして丸めた綿から糸を紡ぎます。収穫量が少なく、また、着物用の細い糸は作れないため、現在は小物作りなどに使われていますが、少しずつ増やす予定だそうです。
撮影=遠藤 純
綿を綿繰り機に通して種を取ります。
撮影=遠藤 純
綿を綿繰り機に通すと、綿から種が離れます。
撮影=遠藤 純
綿打ちして紡ぎやすいように丸められた綿。これは茶色の茶綿。
撮影=遠藤 純
綿打ち後の白い綿。手紡ぎの糸は着物には使いませんが、川越市立博物館で作業工程を公開、体験の指導をしながらの活動ということもあり、木綿の栽培から全工程を実践しているそうです。
2. 糸染め
唐棧は竪縞(たてじま)だけなので、色の構成が最大のポイントです。80番の双糸を用意し、すべて天然染料で染めます。昔は唐棧といえば藍地のイメージでしたが、今は藍だけでなく多様な植物染材を用いて糸を染め、地色と縞の取り合わせに時代の感覚を反映した織物を作っています。
撮影=遠藤 純
濃染処理または豆汁をした後、様々な植物染材を用いて染めた糸。
3. 機準備
染めて糊付けした糸を枠に巻き、二つの枠から糸を引き揃えて一枠に巻きます。引き揃えとは二本の糸を撚り合わせずに並べて一組にすること。これにより織物に光沢が出て薄手に仕上がります。次に経糸は整経、箱巻き、綜絖(そうこう)通し、筬(おさ)通しなど、緯糸は管(くだ)巻きなどの準備をします。
撮影=遠藤 純
染めた糸をかせから枠に巻き取る作業。
撮影=遠藤 純
2つの枠から糸を引き揃えて巻きます。2本の糸のテンションが揃うように注意します。
撮影=遠藤 純
大管に巻いた糸を整経。縞模様に合わせて大管を並べ、機に掛けられるように経糸を揃えます。
4. 機織り
高機で手織りします。経糸の数は二千本。二本の糸を引き揃えているので綜絖の口数は千です。かつては藍地が多く、無地に近い縞が特徴でしたが、現在は製作者の好みやテーマによって色使いも様々。経糸はデザインどおりに整経してありますが、緯糸は試し織りして決めます。
撮影=遠藤 純
機織りでは、コンパクトなX機を主に使用しています。
撮影=遠藤 純
打ち込みが強いことが大きな特徴のひとつです。
【その後の川越唐棧(2026年現在)】
手織りの川越唐桟は、「川越唐棧手織りの会」「唐桟双子織の会」およびその出身者が製織しています。普及活動の一環として、川越市立博物館では機織りや制作の実演が見られ、機織り体験も行っています。
手織りのほかに機械織りがあり、現在は飯能市のマルナカが継承・製造。平成29年にはJR東日本の高級列車「四季島」の室内くつろぎ着に採用されました。
Related Story埼玉県「熊谷染」かつて裃を染めた埼玉の染物
写真提供=熊谷捺染組合
優美な手描き友禅染の訪問着。
熊谷市で作られている染物。型染小紋を中心に、手描き友禅もあります。熊谷は古くから織物が盛んで、江戸時代は木綿の集積地。市内の星川の水を求めて染色業者が集まり、安政年間には型紙で裃(かみしも)を染める業者がありました。その後、素材は絹となり、大正時代には星川沿いに業者が染物街を形成するほどに。現在の生産は少量ですが、県の伝統的手工芸品に指定され、技術後継者の育成に取り組んでいます。
写真提供=熊谷捺染組合
熊谷染の小紋。型紙は伊勢型紙の流れを汲んでいます。
【その後の熊谷染(2026年現在)】
現在は3つの団体・企業が制作を行っています。NPO法人熊谷染継承の会が、見学・体験などの普及活動や、技術継承者の育成講座などを開催。
埼玉県「草加本染ゆかた」江戸から移転した紺屋に始まる浴衣産地
撮影=長谷川 桂
様々な色柄の浴衣が作られています。奥は注染で染めた浴衣。手前は長板中形の綿絽の浴衣。
草加市周辺で染められている浴衣。注染を中心に長板中形もあります。江戸中期、大火で江戸の神田から染物業者が草加に移転してきたのが始まり。大消費地の江戸に近く、中川、綾瀬川など水が豊富なため、染物が発達して産地を形成しました。大正期には注染が主流になり、生産量が増加。最盛期の一九六一年には年間三百万反を生産しました。県の伝統的手工芸品に指定されています。
【その後の草加本染ゆかた(2026年現在)】
数件の工房で、注染、長板中形ともに制作が続けられています。
Related Stories埼玉県「武州正藍染」正藍染の剣道着の八割を生産
撮影=中村 淳
正藍染の剣道着と剣道袴。2点共/野川染織工業
羽生市や加須市などで作られている藍染の木綿です。武州(羽生、加須、行田など)と呼ばれた北埼玉を中心にした地域では、江戸の天明期頃から藍の栽培が始まり、綿と藍の栽培に適していたことから、青縞(武州紺)とよばれる綿織物が盛んに生産されました。明治四十年代の最盛期には武州の一大産業となり、二百軒以上の紺屋があったといいます。
以前は和装用の小幅織物も生産していましたが、現在は広幅がほとんど。化学染料も使われていますが、自然発酵建てによる正藍染も行われており、現在でも国産の正藍染剣道着の八割が武州正藍染です。県指定の伝統的手工芸品には、武州唐桟、武州型染、武州紺織の三つが指定されています。
制作工程
写真提供=野川染織工業
天然発酵建てで糸を染める様子。
写真提供=野川染織工業
旧式のシャトル織機で製織。温もりのある風合いの生地に織り上がります。
【その後の武州正藍染(2026年現在)】
野川染織工業ほか、数件で制作が継続されています。2024年に発行された新紙幣の一万円札の顔として選ばれ、NHK大河ドラマの主人公にもなった渋沢栄一は、生家が藍玉の製造販売を行っていたことなどから、再度、埼玉の藍染が地域で注目されています。
Related Story埼玉県「本庄絣」伊勢崎銘仙と共に愛された絣織物
写真提供=黒澤織物
現在の本庄絣。多様な絣を駆使した逸品。
本庄市で作られる絹織物。距離的に伊勢崎と近く、伊勢崎銘仙と特色はほぼ同様。珍絣、緯総絣、解し模様絣など、絣の技術が豊富です。工程は分業で、絣縛り、絣染、巻き屋、織り子など、小規模な家内工業で生産。全盛期には市内に何十件もの機屋があり、本庄の一大産業となっていました。現在は高齢化が進んで生産が少なくなっています。埼玉県の伝統的手工芸品に指定されています。
制作工程
写真提供=黒澤織物
バッタン機で織ります。
【その後の本庄絣(2026年現在)】
黒澤織物などで継承されています。制作は少量です。
埼玉県「飯能大島紬」男物が多く作られた板締め小絣の絹織物
撮影=長谷川 桂
飯能大島紬。手前は緯糸で亀甲を織り出した男物。奥は草木染。
飯能地域で作られている絹の絣織物です。東京都の村山大島紬と同じですが、埼玉県の伝統的手工芸品としては「飯能大島紬」の名で指定されています。絣糸は絣板を用いて、板締め注染法で染めます。
第二次世界大戦前までは飯能・入間地方でも女物を作っていましたが、戦後は飯能大島紬では男物の生産が主体となり、細かな亀甲絣を使った男物の着尺がたくさん作られました。現在の生産は少量です。
制作工程
写真提供=髙山織物工場
絣糸を染めた絣板。
写真提供=髙山織物工場
手機で製織します。
【その後の飯能大島紬(2026年現在)】
飯能大島紬の流れを組む工房などで少量が作られています。
Related Story埼玉県「所沢絣」昭和初期に途絶した紺の綿絣
所蔵・写真提供=山口民俗資料館
所沢絣。娘用の「亀の子」柄。緯糸が太く素朴な趣が特徴。
所蔵・写真提供=山口民俗資料館
「繭に飛行機」。所沢飛行場にちなむ柄。
村山地方で織られた紺の綿絣。集散地が所沢なので、明治期に「所沢絣(飛白・かすり)」の名で有名になりました。「村山小絣で所沢大絣」と歌われ、全盛期の明治後期には、女性や子供用の紺の綿絣を生産。古くは「ハコワク」という木の箱を、その後「ワクッチバリ(枠縛り)」と呼ぶ枠で絣の印付けを行いました。昭和初期に大恐慌で暴落し、昭和十年代初期に途絶。資料一式は所沢市の有形民俗文化財。資料館で復元の会も。
制作工程
所蔵・写真提供=山口民俗資料館
絣の印付けに使う「ワクッチバリ」。
所蔵・写真提供=山口民俗資料館
機織りに使った高機。
【その後の所沢絣(2026年現在)】
復元に所沢飛白(かすり)勉強会の方々が取り組んでいます。山口民俗資料館で、所沢絣の復元作業を毎月第1日曜日の主に午前中に行っており、見学ができます。
埼玉県「行田足袋」江戸時代から知られた足袋産地
撮影=長谷川 桂
現在も全国有数のシェアを誇る行田足袋。約13の工程に分かれて作られています。
江戸時代から足袋の産地で知られた行田。良質な木綿の産地で、近くに中山道が通り、旅行や作業用の足袋生産が盛んになったと考えられています。明治時代にミシンが導入されて生産量が増加し、「足袋の行田か、行田の足袋か」と言われるほど有名に。最盛期は一九三八年の年間八千万足で、全国生産の約八割に。現在は減少しましたが、今も約十業者が足袋を製造。県の伝統的手工芸品に指定。
【その後の行田足袋(2026年現在)】
令和元年に国の伝統的工芸品に指定され、現在も複数の業者が製造中。産業活性化を目的に、行田足袋組合がプロモーション等を展開し、各種のイベントを開催しています。
撮影=遠藤 潤 中村 淳 長谷川 桂 構成・文=笹川茂実
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