「『ばけばけ』セット公開」では「天国長屋」7軒が建ち並ぶ(2月19日撮影/Lmaga.jp)
連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合ほか)が、いよいよ終盤に差し掛かった。物語のエンディングを惜しむかのように、ドラマに登場したセットや衣装、小道具などを展示した『ばけばけ セット公開~本物を丸ごと展示~』が、「NHK大阪放送局」(大阪市中央区)1階アトリウムにて開催され、多くの来場客で賑わっている。
■ 松野家が極貧生活…目玉は「天国長屋」のセット
「『ばけばけ』セット公開」では、図面約40点以上が展示されている(2月19日撮影/Lmaga.jp)
会場内では、前代未聞の数だというセット図面とデザインイラストのパネルや、全25週分、すべて装本の異なる台本がずらりと並んだディスプレイが目を引く。さらに、キャストが実際に身につけていた衣装や、物語に深く関わるそれぞれの人物ゆかりの小道具など、数多くのアイテム群が展示されている。
「『ばけばけ』セット公開」の様子。7軒の長屋が並ぶ「天国長屋」(2月19日撮影/Lmaga.jp)
そんななか、今回の展示のいちばんの目玉は、なんといっても天国長屋のセットだ。士族の家でありながら、父・司之介(岡部たかし)が商売に失敗し、多額の借金を抱えた松野家。
彼らが住まう家として第1週から登場し、トキ(髙石あかり)がヘブン(トミー・バストウ)と結婚するまで暮らした「天国町」の長屋は、『ばけばけ』のなかで最も多くのシーンに登場したセットだ。
「『ばけばけ』セット公開」の図面の前で解説する、エグゼクティブ・デザイナーの山内浩幹さん(2月19日撮影/Lmaga.jp)
本作でエグゼクティブ・デザイナーを務める山内浩幹さんは「長屋のセットがいちばん時間も手間もかかり、苦労しました」と語り、こう続ける。
「長屋のボロさ、経年感を出すために、美術スタッフがひとつひとつ“汚し”や“傷”をつけています。長屋のセット内にあるものは、最初から古いものはひとつもなく、すべて新品の材料をこすったり塗ったりして“エイジング”を施したものです。長屋のセットの制作だけでも、1カ月以上かかりました」。
■ 照明は吊さない!日本家屋の「光と影」を追求
「『ばけばけ』セット公開」の様子。「松野家」の縁側では、トキの母・フミ(池脇千鶴)が内職の作業途中(2月19日撮影/Lmaga.jp)
山内さんによると、今回のセットは「日本家屋の陰影の美しさ」の再現が最重要課題だったとのこと。そのため、通常は建物の上部を開放して照明を吊すところ、『ばけばけ』のセットではそれをせずに天井を作った。
照明のために上部を開放することなく、実際の長屋と同じように作られた天井(放送前の取材時/撮影:佐野華英)
明かりは上からの光ではなく“横”から。朝昼のシーンは、窓の外から入る自然光(に近づけた照明)のみ。少しでも横方向からの光を取り入れる工夫として、松野家が借りている部屋を角部屋という設定にし、「穴が空いて光が漏れる」壁を作ったという。
「『ばけばけ』セット公開」の様子。「松野家」の壁には、朽ちたように見せた穴が開いていて、撮影しやすい工夫が施されている(2月19日撮影/Lmaga.jp)
夜間のシーンでは、行灯の明かりと、セットの死角に補助的に仕込んだLEDライトの灯りだけで撮影がおこなわれた。そのため、キャストがセットに入る際には、スタッフが懐中電灯で足元を照らしながら誘導したという。
■ 朝ドラ史上、最も狭い「ヒロインの実家」
「『ばけばけ』セット公開」で展示されている「天国長屋」の松野家(2月19日撮影/Lmaga.jp)
長屋室内の陰影の再現度に感服しつつ、その「狭さ」にも驚く。トキたちが暮らしていた部屋の間取りは、四畳半の畳の部屋と、三畳ぶんの板の間。通常のセットでは狭さ・広さを表現する際「そう見える」ようにパースをつけたりすることが多いが、松野家のセットは、しっかり実寸どおりの「四畳半+三畳」。
この家で、銀二郎(寛一郎)が婿としていた時代は、最多5人が暮らしていた。シーンで描写されていたとおり、5枚の布団を敷いたらギチギチの狭さである。そのため、撮影にもひと工夫が必要だったと、山内さんは語る。
「『ばけばけ』セット公開」松野家の中の様子。右側の布にカメラマンが隠れていた(2月19日撮影/Lmaga.jp)
「演者だけでもギチギチなので、撮影クルーはとてもセット内に入れません。なので、三方の壁を取り外し可能に作って、そこからカメラで撮るという方法をとりました」。
「唯一取り外せない押入れ側から撮るときは、カメラマンが押し入れの中に入りました。壁に掛けられた布の影に、カメラマンが隠れて撮ったシーンも多々あります。狭小セットにおいては、布が非常に大事です(笑)」。
■ しじみの殻は、ほぼ映らないのに「宍道湖産」
撮影に使われた実際のセットの道幅は、このように狭かった(C)NHK
長屋の室内はもちろんのこと、屋外のしつらえも隅々までこだわっている。今回の展示では、来場客の動線を確保するために通路の幅を広げているが、実際に撮影に使われたセットでは、向かい合った長屋間の通路は、幅1メートル強と非常に狭かった。ドラマ放送前にも実際のセットを取材したが、まさに「向こう三軒右隣」の「ひしめき感」がリアルに表現されていた。
長屋の敷地内に生えた木々や雑草についても「大きな木は本物を用意し、地面に生える背の低い植物はフェイクグリーン(造花)を使用しています」と山内さん。造花部分は、よほど近くに寄ってみないと本物か偽物かわからないほどのクオリティだ。
「『ばけばけ』セット公開」の様子。長屋の角には、しじみの貝殻が撒かれている(2月19日撮影/Lmaga.jp)
また、松江の名産で、物語のキーアイテムでもある「しじみ」の殻のあしらいにも、並々ならぬこだわりが。しじみは、松野家の食卓に頻繁に登場し、トキがヘブンの女中になる前までは、しじみ売りをして生計を立てていた。母・フミ(池脇千鶴)がひとつひとつ殻を外した「剥き身」を、少し値を上げて売るなどの工夫も思い出される。
雨どいの下にしじみの殻が撒かれるなど、生活感の表現が非常に細かい(放送前の取材時/撮影:佐野華英)
こうした日常を表現するために、筆者が放送前に取材した実際のセットでは、長屋の路地に大量のしじみの殻が撒かれていた(今回の展示でも、来場客の歩行を妨げない程度に少し撒かれている)。松野家の入り口の前には、殻を入れて乾かすためのザルが置かれていたり、水捌けをよくするために、雨どいの下にしじみが撒かれていたりした。
『ばけばけ』第28回より。トキ(髙石あかり)にヘブンの女中になってほしいと頼む英語教師・錦織(吉沢亮)(C)NHK
しかしこの「殻」、実際のシーンにはほぼ映らない。錦織(吉沢亮)がヘブンの女中として働くことをトキに頼みにきた際に、入り口前のザルをひっくり返して、初めてその存在が視聴者に知れた・・・というぐらいに、控えめに存在していた。にもかかわらず「セットに使用したしじみの殻はすべて宍道湖から取り寄せたものです」と山内さんは語る。
■ 名シーンを生んだ「井戸端」も細部まで…
トキとその家族、そしてトキの幼なじみで親友のサワ(円井わん)らによる、さまざまな名シーンが繰り広げられた「井戸端」も大事なスポットだ。
「『ばけばけ』セット公開」にある井戸のセット(2月19日撮影/Lmaga.jp)
朝ドラでは「メインキャストが集まる憩いの場」として何らかの飲食店のセットが建てられることが多いが、『ばけばけ』ではこの井戸端が、みんなのコミュニティスポットとして活躍した。
「『ばけばけ』セット公開」の様子。井戸の柱に描かれた、トキの祖父・勘右衛門(小日向文世)と思しき落書き(2月19日撮影/Lmaga.jp)
先述の山内さんの説明のとおり、井戸も新品の大きな樽を調達し、長年使い込まれた風合いを出すためにエイジングを施したという。井戸屋形(井戸の上部についた屋根)の古びた柱には落書きもある。幼い頃のトキ(福地美晴)が描いたのか、あるいは司之介が描いたのか。さらに、ほとんどシーンには映らない井戸のなかの壁面にも、苔や雑草を生やしているという。
『ばけばけ』第85回より。野花を携え、長屋に住むサワ(円井わん)に会いにきたトキ(髙石あかり)(C)NHK
「井戸端の向こうに広がる景色は、橋の北側」というのも、このドラマの重要なポイントだった。トキやサワが、武家屋敷が立ち並ぶ「あちら側」を眺めながら、ぼやいたり、泣いたり、取り乱したり、叫んだりするシーンが心に残る。
実際のセットでは、井戸端の奥にはグリーンバッグ(透明化する緑の布)が貼られ、出来上がった映像では「橋の北側」の景色が合成されていた。
・・・と、挙げだしたらキリがない、長屋セットへのこだわり。その理由を山内さんは「映像的な効果はもちろんのこと、極限までリアルに作り込むことで、キャストの皆さんが世界観に没入してベストな演技ができる環境を作りたい、との思いからです」と語った。
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キャストが没入できたのと同じように、訪れた観客も『ばけばけ』の世界に没入できること間違いなしの『ばけばけ セット公開~本物を丸ごと展示~』は、3月1日まで開催中。
イベント期間中には、スタッフによる制作裏話を聞くことのできるミニ講演会もおこなわれる。また、土日にはデザイナーによるセットの解説も予定している。土日は混雑が予想されるので、事前に「NHK大阪放送局」公式サイトを確認することをおすすめする。
取材・文/佐野華英 写真/Lmaga.jp編集部
