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2026.02.26
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食料品減税の事務負担を軽減するには?
~中小小売店の負担を軽減する英国の概算払い制度~
田中 理
要旨
英国の付加価値税(VAT)は、20%の標準税率、一部品目への5%の軽減税率、食料品を含む生活必需品へのゼロ税率が混在する複雑な制度で、どの品目にどの税率が適用されるかは、しばしば法廷闘争や政治問題となってきた。複雑な税率区分は小売業者の事務負担も大きいが、大手小売業者はメーカーとのデータ連携によるレジの自動化で対応し、中小零細業者は仕入れ品の構成から納税額を概算する「小売スキーム」を利用することで、負担を軽減している。こうした取り組みは、日本で食料品の消費税ゼロを導入する際にも参考となりそうだ。
政府は26日、消費税減税や給付付き税額控除を議論する「社会保障国民会議」の初会合を開く。自民党が衆議院選挙の公約に掲げた「食料品の消費税2年間ゼロ」の実現に向けては、財源の確保、準備期間と導入時期、小売店の事務負担、軽減対象品目の線引き、外食産業への影響、減税分の便乗値上げリスク、物価高を招くリスク、時限措置が恒久化するリスクなど、様々な検討課題がある。本項ではこのうち小売業者の事務負担の軽減策について、英国の事例を紹介したい。
日本の消費税に相当する英国の付加価値税(VAT)は、①アイスクリーム、ポテトチップス、チョコ掛けビスケット、ソフトドリンク、アルコールなど贅沢品とみなされる食料品、外食費、ガソリン、タクシー料金、家電など20%の標準税率が適用される品目、②家庭用の電気・ガス料金、チャイルドシート、禁煙グッズ、空き家の改修費用など5%の軽減税率が適用される品目、③生鮮食品、牛乳、卵、パン、米、パスタ、紅茶、コーヒー、プレーンビスケット、ケーキなど生活必需品とみなされる食料品、子ども服・子ども靴、新聞・書籍・雑誌、公共交通機関の運賃、居住用建物の建設などゼロ税率が適用される品目に分類される。英国で5%の軽減税率が設けられた背景には、欧州連合(EU)ではかつて5%未満の軽減税率が認められなかったため(現在は法改正により認められる)、EU在籍時に新たに減税対象とした品目についてはゼロ%にできなかった経緯がある。なお、仕入れ時に支払ったVATが還付されるゼロ税率とは別に、医療サービス、教育費、郵便切手など、VATの還付対象とならない非課税品目もある。
どの品目にどの税率が適用されるかが細かく分類され、境界線が曖昧な品目については、訴訟や政治問題に発展するケースもある。有名な例に、英国の伝統菓子で、ビスケットにオレンジジャムを載せ、チョコレートでコーティングしたジャファケーキがある。先ほどの分類によれば、英国ではケーキは必需品とみなされゼロ税率の対象だが、チョコレート掛けビスケットは贅沢品とみなされ20%の標準税率が適用される。ジャファケーキがどちらに該当するかが裁判で争われ、ケーキであるとしてゼロ税率が適用されるとの判決が下された。税率の分類は新商品の発売時にしばしば問題となり、スムージーがジュースか(20%の標準税率の対象)、砕いた果物か(ゼロ税率の対象)なども法廷論争となった。
英国でも当然、税率区分の判定や税率変更時の小売業者の事務負担が問題となる。一般には、小売業者が税率区分を自ら判定するのではなく、メーカーが商品を製造・出荷する際に税率区分を分類し、それを商品パッケージにあるバーコード情報と紐づけているとされる。レジでバーコードを読み取れば、税率区分に基づいた販売価格が自動計算され、店員がその場で迷うことはない。英国では1973年のVATの導入時から、ゼロ税率と標準税率の品目が分類されてきたため、大手小売店で導入されているレジ・システムも税率区分に対応したものが揃っている。境界線が曖昧な商品もあるが、大手小売業者の多くはVATを専門とする税務チームを置き、新商品が出る度に税務当局のガイドラインと照らし合わせて税率区分を確定する。
もっとも、個人商店などにとっての事務負担はやはり無視できない。そこで、年間の売上が1億3千万ポンド(約275億円)未満の小売店については、仕入れ商品の構成に基づき、店の売上のそれぞれ何%が標準税率・軽減税率・ゼロ税率の対象品目となるかを予め税務当局と合意したうえで、総売上の一定割合を納税する“概算払い(小売スキーム)”が採用されている。例えば、ある期間の仕入れ額のうち、ゼロ税率の食料品が70%、標準税率の雑貨等が30%であった場合、その期間の総売上に対しても同じ割合であったと仮定し、売上の30%分に対してのみ標準税率を適用して、納付額を計算する。これにより、中小零細小売店は、商品毎の厳密な税率記録が不要となるほか、税率を自動判定する高価なPOSシステムの導入コストや、専門の経理担当者や税理士を雇うコストを抑えられる。近年、英国でもデジタルでの納税記録が義務化され、タブレット端末などを使った安価なクラウド型のレジが普及したことで、小売スキームを使わなくても税率の個別判定ができる中小零細小売店が増えている。ただ、一部の商店にとっては、こうした制度の存在が実務上のバッファーとして機能している。こうした英国の取り組みは、日本で食料品の消費税ゼロを導入する際にも参考となりそうだ。
以上
田中 理
