2026年02月25日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2026年1月1日からデジタル人民元に対して金利を支払うことが公表された。本件については未だに明らかにされていない点も多いが、開発方針の大転換と考えられる。その内容について考えてみたい。

普通預金と同水準の付利

 2025年12月31日から2026年1月1日にかけて、デジタル人民元の指定運営機関である銀行が、デジタル人民元に金利を支払うことを発表した。デジタル人民元は現在依然として実証実験段階にあるが、その実験期間中、指定運営機関の銀行10行が、デジタル人民元を収納し取引するためのアプリである「デジタルウォレット」を顧客に提供している。その10行は、6大銀行(中国工商銀行、中国銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、交通銀行、郵政貯蓄銀行)、株式制銀行2行(招商銀行、興業銀行)、QR決済系の民営銀行2行(アリペイ系の網商銀行とウィーチャット系の微衆銀行)である。

 各行とも同様に「2026年1月1日から自行で実名登録されたデジタルウォレットの残高に対して、自行の普通預金金利を支払う」という内容を公表した。現在各行の普通預金金利は0.05%である。

当局による説明

 各銀行の発表に先立ち、2025年12月29日付の金融時報紙に中国人民銀行の陸磊(りくらい)副総裁が、「中国人民銀行が『デジタル人民元管理サービス体系と関連するインフラ設備の建設を一層強化することに関する行動方案』を発布」と題する文章を公表した。その中で副総裁は、「行動方案は、デジタル人民元がデジタル現金の段階からデジタル預金通貨の段階に突入したことを明らかにした。今後、デジタル人民元は中央銀行が技術と保障を提供し監督を実施しつつ、商業銀行の負債の性質を備え、口座型を基礎としながら分散台帳技術の特性を兼備するものとなる」としている。そして、「行動方案は、銀行が顧客の実名登録されたデジタル人民元ウォレットの残高に対して利息を支払うことを明確にした」と述べ、さらに、「銀行は同残高について自主的に資産負債経営管理を行うことができる」とした。また、「デジタルウォレット残高は預金保険によって法律に基づき預金と同様の安全と保証が提供され、準備預金の積み立て対象として統一して計算される」とも述べた。

 技術面では「2016年以降、中国のデジタル人民元は単純なブロックチェーンモデルとは異なり、口座移転型と価値移転型(ブロックチェーン技術)の特徴を兼ね備えた混合型構造の発展路線を進んできた。中国の実証実験によって、口座型を基礎としスマートコントラクトなどのデジタル技術を利用して、低コストと高効率のデジタル通貨の支払いサービスを実現できることが証明された。大量の小口取引と大口取引の処理については、デジタル技術を利用した口座型で行うことによって、中央化と管理の有効性が示され、信任を強化する必要のある特定のケースではブロックチェーンによる共同取引によって、新たな取引ケースに対する新技術の適合性が示された」と説明している。

 中国共産党の機関紙である人民日報紙は2026年1月19日付の紙面で「デジタル現金からデジタル預金通貨へのグレードアップ―デジタル人民元の預金利息はどのように計算されるか」と題して専門家の見解を掲載した。デジタルウォレット残高に対しては四半期に一度、3月、6月、9月、12月のそれぞれ20日を基準に計算が行われ、利息が支払われる。

 また、デジタル人民元については、以下の分類に応じて、取引額やウォレット残高の上限が定められている。

第1類:対面で本人確認を行い、有効な身分証明書、携帯電話番号、国内で開設された銀行口座の詳細情報が必要。

第2類:有効な身分証明書、携帯電話番号、国内で開設された銀行口座の詳細情報が必要。

第3類:有効な身分証明書、携帯電話番号が必要。

第4類:携帯電話番号のみ必要、匿名可。

 1月19日の記事では、実名登録されたデジタルウォレットとは第3類までを意味し、第4類には金利は支払われないことが明示された。

 同記事では、2025年12月末までデジタル人民元の累計取引金額は19.5兆元(約430兆円)、取引件数35.7億件とされている。2024年6月末までの累計取引金額が7兆元なので、12.5兆元増加した。現在、中国、香港、タイ、UAE、サウジアラビアで試験運行が行われているデジタル通貨クロスボーダー支払いシステム「mBridge」の2025年末までの累計取引金額は4778億元相当、取引件数は4868件であり、取引金額の96%は人民元建てである(mBridgeについては 2024年6月のコラム 参照)。

デジタル人民元の方針大転換

 デジタル人民元の開発方針は2021年7月に人民銀行が公表した「中国デジタル人民元の研究開発進展白書」に示されていた(2021年7月のコラム 参照)。既に技術的には今回と同様、口座移転型と直接的な価値移転型を兼ね備えるというモデルが示されていたが、デジタル人民元は中国人民銀行が発行する法定通貨であり、人民銀行の公衆に対する負債であると位置付けられ、現金と同様、統計上はM0と整理されていた。そして、法定通貨という信用力の高さから銀行預金からデジタル人民元への大規模シフトによって銀行信用の収縮が生じ、金融政策に対して影響が及ぶことを避けるために、デジタル人民元には利息を付さない方針とされていた。

 今回、デジタル人民元の位置づけは、人民銀行の負債から商業銀行の負債に変化し、預金保険と一般の準備預金の対象に含まれることとなった。統計上は普通預金と同様M1に含まれる。そしてその安全性は、通常の銀行預金と同様、預金保険によって保障されることとなり、銀行の普通預金と同じ準備率で人民銀行に準備預金を積み立てることとなる(現在、大銀行の預金準備率は7.5%)。それと同時に、銀行預金と同様に銀行が金利を支払うことが認められ、銀行は、デジタル人民元の残高から準備預金額を除いた金額を自ら運用し収益を得ることが可能となった。銀行はデジタル人民元による信用創造を行うことができることとなった。

 スマホ上に示されるデジタル人民元の表示を見ると、デジタルウォレットを提供した銀行のロゴが示されている。利用者から見ると、インターネットバンキングで預金が表示される画面と類似しており、当該銀行に預金を預けているのと同じように感じる。これに対して預金と同じ金利を支払うことによって、デジタル人民元の普及が進むことが期待できる。2月15日付上海証券報は、網商銀行のデジタル人民元ウォレット残高が1月1日以降の1か月で80%増加したと報じている。

 以上の変更はデジタル人民元に対する当局の方針の大転換と考えられる。中国政府の公式ウェブサイトである「中国政府網」では本件について「デジタル人民元に重大な調整が到来した」と報じている。

 本件の全体像については未だ不明確な点も多いが、デジタル人民元は、中央銀行が発行する現金と同等の決済手段ではなくなり、銀行預金口座を利用した決済に対して中央銀行が提供する新しい決済システムという位置づけに変化したと考えられる。従来の銀行預金口座を利用した決済は、最終的にはCNAPSという人民銀行が運営する決済システムで行われている。これは、日本における全銀データシステムと日銀ネットを合体したようなシステムである。今後はこれに加えて、デジタル人民元のウォレットに預入された銀行預金については、これまで人民銀行が開発してきた口座移転型と価値移転型の混合方式で処理されるより低コスト・高効率の決済を行う別のルートを設けたと見ることができる。そして、クロスボーダー決済においても、この決済システムのルートの利用が図られていくだろう。そうだとすると、今回の措置はデジタル人民元の性格の本質的な変更と見ることができるだろう。

(了)

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