2011年3月11日の金曜日、あなたはどこで何をしていましたか?

その日の14時46分ごろ、国内観測史上最大規模のマグニチュード9.0、最大震度7を記録した東日本大震災が発生しました。激震に加え、大津波、大火災、インフラ崩壊、そして東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)の事故が重なった、世界でも類を見ない未曾有の複合災害でした。

被災した人々やその家族をはじめ多くの人生を一変させたこの震災から、間もなく15年が経とうとしています。

福島県では、震災後に放射性物質が付着した土壌や草木などを除去する「除染」が行われ、県内各地の空間放射線量率は国内外の主要都市とほぼ同水準にまで低下しました。

双葉町、大熊町にまたがる福島第一原発の隣接地では現在、除染によって発生した土壌(除去土壌)を安全に管理・保管する「中間貯蔵」が行われています。

そして現在保管されている除去土壌は、「中間貯蔵」という名称の通り、2045年3月までに福島県外で最終処分することが法律で定められています。その実現にむけて、福島ではいまどのようなことが進められているのでしょうか。

NPO法人Wake Up Japan(ウェイク・アップ・ジャパン)副代表理事で、対話による東アジアの平和構築に取り組む長川美里さんが現地を訪れ、福島のいまとこれからに携わる人たちと語り合いました。

長川美里

1990年生まれ。東アジアの次世代の和解と共生に情熱を注ぐ。グロービスでの勤務を経て、現在は国際文化会館LEAPプログラムディレクター、武蔵大学非常勤講師、NPO法人 Wake Up Japan の副代表理事、上智大学博士課程Global Studies在籍中。同NPOにて 2020 年には「東アジア平和大使プロジェクト」を立ち上げ、 財団法人李熙健韓日交流財團の助成事業となる。2023年ダボス50へ選出されダボス会議参加。Business Insider Japanの社会課題解決に挑む人を応援するアワード「BEYOND MILLENNIALS」2025受賞。

福島は5年前に福島第一原発や「東日本大震災・原子力災害伝承館」の視察のため訪れて以来となる。

伊藤祐暉

環境省 福島地方環境事務所所属。学生時代に福島の中間貯蔵施設などを訪れて以降、復興関連の事業に関わりたいと志す。入省3年目の2025年7月から現職。現在は中間貯蔵施設に関する総括業務や中間貯蔵施設の広報・案内などを担当するほか、地域のイベントに参加するなど、地元の方々との接点づくりを目指している。

戒田優香

環境省 環境再生グループ 福島再生・未来志向プロジェクト推進室所属。入省4年目に現職に着任。除去土壌等の県外最終処分、復興再生利用の理解醸成に向け、現地見学会やイベントでの展示、SNSやメディアと連携した発信等に取り組む。“分かりやすい発信”に奮闘中。

安納康栄

あんのう・やすえい

中間貯蔵・環境安全事業株式会社(JESCO) 中間貯蔵管理センター 地域連携・広報課所属。10年ほど前にJESCOに転職し、中間貯蔵施設の案内や地元の人たちとの接点を築くような事業を手掛ける。2025年3月に移転オープンした「中間貯蔵事業情報センター」は立ち上げから関わり、どの情報をどのように伝えたらよいかを日々模索している。

現地でおぼえた「時空を超える」感覚 福島県大熊、双葉町にまたがる場所に位置する、「中間貯蔵施設」。面積は約1,600ヘクタールで、渋谷区とほぼ同じ大きさだ。月に2回ほど見学会が行われており、事前に予約をすれば個人単位でも中に入ることができる。福島県大熊、双葉町にまたがる場所に位置する、「中間貯蔵施設」。面積は約1,600ヘクタールで、渋谷区とほぼ同じ大きさだ。月に2回ほど見学会が行われており、事前に予約をすれば個人単位でも中に入ることができる。撮影:佐藤翔

—— 長川さんは今回初めて、除染で発生した土壌などを最終処分まで安全に管理・保管する「中間貯蔵施設」を訪れました。帰還困難区域でもあり、震災発生時の状況が今なお残るエリアを実際に目にして、どう感じましたか?

長川:一番印象的だったのが、特別養護老人ホーム「サンライトおおくま」の中で見た光景です。周辺の地域全体が新たな街として動き出している一方で、あの場所は震災当日のまま時が止まっていた。建物全体が「悲しい」という思いであふれているような気がしました。

それと同時に、とても複雑な、不思議な感覚にも襲われたんです。つまり、私は「いま」という時間軸の中に生きているわけですが、サンライトおおくまは「過去」で止まっている。そして、中間貯蔵施設や情報センターで見聞きした皆さんの取り組みは「未来」に向かって進んでいることを明確に示していました。

案内していただいているうちに、なんだか時間を飛び超えているような感覚になったんです。前に進もうとしている感覚と、過去に引き戻されたり、現実に戻ったりする自分がいるような……。その時空を超える感覚が、少し怖いような、不思議な気持ちになりました。

伊藤:確かに、原子力災害というのは地震や津波とはまた少し異なる点があると感じます。さっきまで確かにあった日常がいきなりストップした。サンライトおおくまには、当日食べていたお菓子の空き袋や薬の袋、転がった植木鉢や駐車場に停められていた車……2011年3月11日から手つかずで残っています。そこだけ時が止まったかのようなあの光景は、原子力災害の現実を物語る一つの象徴だと思います。

中間貯蔵施設、県外最終処分の「周知不足」を実感2025年3月に大熊町産業交流施設CREVAおおくま内に移転オープンした「中間貯蔵事業情報センター」。中間貯蔵事業の進捗や規模感を視覚的に伝える展示や、没入感のある映像で中間貯蔵施設を疑似体験できる。2025年3月に大熊町産業交流施設CREVAおおくま内に移転オープンした「中間貯蔵事業情報センター」。中間貯蔵事業の進捗や規模感を視覚的に伝える展示や、没入感のある映像で中間貯蔵施設を疑似体験できる。撮影:佐藤翔

—— そもそも、中間貯蔵施設の存在については知っていましたか?

長川:存在自体は知ってはいましたが、除染した時に出た土や瓦礫などが置いている場所という程度の知識でした。それが具体的にどんな仕組みで、どこにどのように管理されて保管されているのかといった詳細は、今日案内していただいて初めて知ったというのが正直なところです。

撮影:佐藤翔撮影:佐藤翔

—— 関係者のみなさんは、まだまだ周知不足だと話していましたが、そうした実感があるということでしょうか。

安納:日々実感しています。中間貯蔵という言葉自体を知らない方も多くいらっしゃいますし、極端な例では、そもそも福島の海側に近い浜通りエリアはいまだに人が住めない場所だという認識の方もいらっしゃいます。

撮影:佐藤翔撮影:佐藤翔

戒田:福島県内と県外では報道量にも差がありますし、物理的な距離が離れれば離れるほど取り組みや現状への認知度は低くなる傾向にあります。環境省が毎年行っているアンケートでは、中間貯蔵施設で保管している除去土壌を2045年3月までに県外で最終処分することが法律で定められていることを知っている方は、福島県内でも5割程度、県外になると2割程度しか知らないという結果が出ています。

実際、私自身も恥ずかしながら環境省着任当時はそれほど詳しくなかったんです。もちろん福島第一原発の事故も除染のことも知っていました。でも、県外最終処分の詳細までは知らなかった。震災当時、東京であの激しい揺れを体験していたにもかかわらず、それでもなお知らなかった自身のことを考えても、もっと周知が必要だと痛感しています。

被ばく線量「レントゲン検査1回より少ない」事実率直な感想や疑問を語る、NPO法人Wake Up Japan副代表理事の長川美里さん(中央)。率直な感想や疑問を語る、NPO法人Wake Up Japan副代表理事の長川美里さん(中央)。撮影:佐藤翔

—— なぜ周知が必要なのでしょうか。どんなことを知ってほしいですか?

戒田:「2045年3月までに福島県外で最終処分をする」ことは、全国の皆さんに関わる話です。

除去土壌を県外で最終処分するためには、その安全性や意義をみなさんに理解いただくことが非常に重要です。除去土壌の多くは相対的に線量が低く、基準に従って安全に復興再生利用を実施できるものですが、現状としては安全性に不安を感じている方が多いという現実もあります。

その気持ちもよく分かります。あれだけの事故だったわけですし、放射線や放射能というのは馴染みがない言葉だと思いますから。

伊藤:水素爆発の光景や重装備の防護服を来た作業員の方々の姿、そうした映像が震災以後何度も映し出されていたので、放射線=怖いものだというイメージが脳裏に焼き付いてしまった人も多くいらっしゃると思います。

でも、中間貯蔵施設は福島第一原発の隣にありますが、ここを1回、約2時間かけて見学した時の被ばく線量は1マイクロシーベルト程度。胸部X線(レントゲン)検査1回※よりはるかに少ないんです。

※胸部X線(レントゲン)検査1回の被ばく量は約60マイクロシーベルト。

除去土壌は中間貯蔵施設で安全に処理され、人体に影響がないことが科学的に確認された状態で保管されているという。「そのことをまず何よりも知っていただきたいですし、そのために科学的根拠に基づいた分かりやすい説明を心がけています」(安納さん)除去土壌は中間貯蔵施設で安全に処理され、人体に影響がないことが科学的に確認された状態で保管されているという。「そのことをまず何よりも知っていただきたいですし、そのために科学的根拠に基づいた分かりやすい説明を心がけています」(安納さん)撮影:佐藤翔

安納:私は、いまの福島第一原発の姿を肉眼で見ていただくことがとても大事だと思っているんです。今日長川さんもいらした中間貯蔵施設内の見晴らし台から福島第一原発を見ていただいた上で、中間貯蔵事業や放射線量の安全性、最終処分について分かりやすく説明することが、より深い理解につながるのではないか。そんな思いを込めながら毎回案内しています。

中間貯蔵管理センターの安納康栄さん。これまでにのべ3万人ほどに中間貯蔵施設内を案内してきた。中間貯蔵管理センターの安納康栄さん。これまでにのべ3万人ほどに中間貯蔵施設内を案内してきた。撮影:佐藤翔中間貯蔵施設から見える福島第一原発。2051年までの廃炉を目指し作業が続いている。中間貯蔵施設から見える福島第一原発。2051年までの廃炉を目指し作業が続いている。撮影:佐藤翔 地元住民の「重い決断」があった

—— 今日の中間貯蔵事業情報センターと中間貯蔵施設の見学・説明を受けて、長川さんは安全性についてどう感じましたか?

長川:安全性に対する不安は解消しました。同時に、関係者の皆さんがあらゆる視点をいれながら丁寧に説明されていることも強く感じました。

情報センター内では、インタビュー動画などを通じて地元の人の思いを感じ取ることができる。情報センター内では、インタビュー動画などを通じて地元の人の思いを感じ取ることができる。撮影:佐藤翔

戒田:安全に管理していることをしっかり伝えるという点は、常々意識しています。なぜなら、いまここで中間貯蔵をできているのは地元の皆さんの重い・苦しい決断があった上でのことだからです。

大熊町・双葉町の皆さまも被災し、大変な思いをして避難されました。そして、いつか地元に帰れると信じていた矢先に、中間貯蔵施設をつくるために皆さまの土地を貸してください、提供してくださいと国から頼まれたわけです。

代々受け継いできた土地を手放すことなんてできない、でも自分たちが渋っていることで復興が進まないかもしれない——。そうした苦悩に苛まれながら、重い決断をしていただいた。そうした皆さんの思い、過去の経緯も含めて説明し、理解を広めていきたいと思っています。

環境省 福島再生・未来志向プロジェクト推進室の戒田優香さん。環境省 福島再生・未来志向プロジェクト推進室の戒田優香さん。撮影:佐藤翔首相官邸・中央省庁で始まった「復興再生利用」とは

—— 2025年には除去土壌の再生利用(復興再生利用)が始まりました。1400万立法メートルに上る大量の土壌の中でも安全なものは、最終処分に向けて国の施設や公共事業などで活用していこうというのが国の方針ですね。

戒田:はい。中間貯蔵施設にある除去土壌のうち、放射能濃度が基準以下で、復興再生利用に用いることができるもののことを「復興再生土」というのですが、2025年7月に首相官邸の庭、9月以降は霞が関の9省庁での利用が順次始まっています。もちろん、私たちが普段働いている環境省の合同庁舎でも。毎朝の通勤時に植栽の脇を通るのですが、そこに「復興再生土」が使われています。

東京都内で復興再生利用を開始できたことは、今後の最終処分に向けても大きな一歩。今後も政府が率先して利用案件を検討・創出していく予定です。例えば、先ほど道路の盛土に利用する実証事業の現場を見ていただきましたが、国が管理している道路などの公共工事、施設といった場所での復興再生利用を進めることになると思います。

首相官邸の庭でも、「復興再生土」の活用が始まっている。首相官邸の庭でも、「復興再生土」の活用が始まっている。画像提供:環境省

長川:一つ聞いてもいいですか? 今日ずっと感じていたのが、中間貯蔵や除去土壌が福島だけの問題であるかのような現状への違和感なんです。確かに福島で起こった出来事ですが、日本全体で考えていかなければいけないのではないかと。再生利用についても、国だけではなく、民間や学校など再生利用をしたいと手を上げたところに提供するとか、企業が復興再生土を使ったプロダクトをつくるとか、そういった取り組みは難しいのでしょうか。

戒田:現状としては、残念ながら難しいんです。2025年3月に復興再生利用のガイドラインを定め、安全性が確認されています。そして同年8月に定めたロードマップでは、まずは国の施設から、ということで国の庁舎などから復興再生利用を広げ、その先にそれ以外での復興再生利用を想定している状況です。

ただ、土は貴重な資源の一つですし、土を必要としている企業もたくさんいます。復興再生土を使いたいと手を挙げてくださる人もいらっしゃると思いますので、そうしたニーズにも応えていけるよう、環境省としては引き続き事例を蓄積した上で検討を重ね、実現していきたいと思います。

中間貯蔵施設内では、公共利用にむけた実証事業が進められている。中間貯蔵施設内では、公共利用にむけた実証事業が進められている。撮影:佐藤翔最終処分と「東アジアの平和構築」の共通点

—— 県外最終処分の期限「2045年3月」は20年先です。一世代では済まないような、非常に長いスパンですが、そこまでの見通しは現状どうなっているのでしょうか。

戒田:2025年8月に当面5年間のロードマップを定めました。復興再生利用の推進、県外最終処分に向けた検討、国民の皆様への理解醸成・リスクコミュニケーションが主な柱です。

もう少し具体的に言えば、復興再生利用によって最終処分量を減らしながら、2030年頃に県外最終処分シナリオ・候補地選定プロセスを具体化し、候補地の選定・ 調査を始めるとしています。並行して、国民の方々の理解醸成に向けた取り組みも一層強化していきます。

例えば、私たちの世代やいま学生の方々は、2045年には責任世代、社会のリーダーとして活躍する世代です。だから、そうした方々にぜひ現状を知っていただきたい。そのためにも環境省では、学生の方々向けの講義や今日長川さんに見ていただいたような中間貯蔵施設の見学にも力を入れています。

伊藤:20年先に向かってどう進んでいくのかの見通しは非常に重要です。

国として進めている以上、中途半端なお約束をすることでご迷惑をかけたり、懸念や混乱を生じさせたりしてはいけないと私は考えています。県外最終処分は、法律にも明記された国と地元の皆様との約束です。一歩一歩着実に、福島の真の環境再生のため、しっかりと進んでいきたいと思っています。

環境省 福島地方環境事務所の伊藤祐暉さん(中央)。環境省 福島地方環境事務所の伊藤祐暉さん(中央)。撮影:佐藤翔

長川:私が取り組んでいる平和構築とかなり近いですね。平和構築も何年に平和をつくります、戦争をやめますと言えるような問題ではなく、対話を重ねながら一歩一歩進めていくしかありませんから。

—— 県外最終処分に関しても、対話が重要だということでしょうか。

長川:そうですね。私はいつもこう思っているんです。自分の世代で解決してみせるというより、自分の生きている間にできるところを全力で取り組んで、次の世代の人たちにとって自分が「いい先祖」になればいいと。私の勝手な思いかもしれませんし、もしかしたら色々な方々の気持ちを無視しているのかもしれません。でも、お話を聞いていてこの最終処分も同じ問題なのではと思いました。

そもそも除染や中間貯蔵、最終処分というのは、世界中のどこの国も経験したことのないことですよね。日本はそれに挑戦しているわけじゃないですか。それは将来万が一どこかの国で事故が起きた時に、もちろんそんなことは起こってはほしくないですが、教訓になることもあるはずだと思うんです。

伊藤:おっしゃる通り前例のない取り組みなので、我々も手探りで進めている面があります。そして、平和と似ているというお話、本当にそうですね。言われてハッとしました。

撮影:佐藤翔撮影:佐藤翔「情報を鵜呑みにせず、自分なりに考えてほしい」

──見学ツアーには色々な方が来ると思いますが、批判や怒りをぶつけられたり、対立が発生したりするような状況になることもありますか?

安納:確かにそういうことも稀にあります。ただ、言い合ったところで解決にはなりませんからね。

私が伝えたいのは、今日皆さんにしたような説明をすべて鵜呑みにしてほしいと思っているわけではないということ。話を聞いて、ご自分なりに考えていただきたいんです。極端な話、最終処分に反対で、再生利用せずに中間貯蔵施設に置いたままのほうがいいという意見があるのも事実です。

もちろん、私たちは法律に基づいて、皆さんに理解していただくために分かりやすく説明する責任を負っています。その役割をしっかり果たさなければなりません。皆さん一人ひとりに考えていただき、議論していくことが大事だと思うんです。

安納さんが所属するJESCOでは、地元の方の協力を得て自治体ごとの思い出のアルバムを制作した。「みなさんの思いを次世代につなぐことができれば」(安納さん)安納さんが所属するJESCOでは、地元の方の協力を得て自治体ごとの思い出のアルバムを制作した。「みなさんの思いを次世代につなぐことができれば」(安納さん)撮影:佐藤翔

長川:それを聞いてとても嬉しくなりました。そうですよね。全員が同じ方向を向いて同じことを考えていたら、逆に怖いですもんね。私自身も、平和に関する対話でも願いは込めるけれど押し付けず、対話の土台を整えることを意識しています。

戒田:安全と安心は、人によっては異なることもあります。安全であることは科学的に確認されているので、願わくば、皆さんにも安心していただきたいという思いはあります。ただ、それは押し付けられるようなものではありません。なので、伝え方は常に試行錯誤しています。

「2011年3月11日、自分は何をしていたっけ?」東日本大震災・原子力災害伝承館にて撮影。東日本大震災・原子力災害伝承館にて撮影。撮影:佐藤翔

—— 最後に、記事を読んでいる人に伝えたいことを教えてください。

伊藤:まずは福島に来ていただいて、中間貯蔵施設も含めて福島のいまを知ってほしいですね。若い人たちも移住してきて活気が出てきましたし、双葉町の産業交流施設「F-BICC(エフビック)」や2025年3月にオープンした大熊町の産業交流施設「CREVAおおくま」など、ここ数年でまるっきり姿が変わっています。ぜひ一度来ていただいて、ご自身と福島との距離を縮めていただけたらこれ以上ない喜びだなと思います。

戒田:資料や情報から知ることも大事ですが、やはり現地を実際に見ていただきたいなということ。現地に来て、今日は寒かったなとか、その土地を歩いて嗅いだ匂いとか、そういう五感で感じたことがすべてに勝ると思うんです。もちろん知って調べていただくだけでも嬉しいですが、ぜひ訪れていただけたら嬉しいです。

長川:私は、この記事を読んだ方が「2011年3月11日に自分は何をしていたっけ?」と思い出すところから始まればいいかなと思っています。

次は都内にある福島のアンテナショップに行ってみようとなるかもしれません。そこから、桃ジュースやイチゴのゼリーが美味しいらしいから福島に行って食べてみようとか、震災のことをもっと知りたいから中間貯蔵施設や伝承館(東日本大震災・原子力災害伝承館)に行ってみようとか。人によってきっかけはさまざまだと思うので、自分に合った入り方で震災のこと、福島のことに思いを馳せてほしいなと思います。

撮影:佐藤翔撮影:佐藤翔福島の環境再生事業について、詳しくはこちら