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公開日:2026年2月12日
「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展が東京・京都で開催されるのに合わせ、YBA時代の美術をフェミニズムやクィアの視点から再検討する。
トレイシー・エミン マイ・ベッド 1998 © Tracey Emin Photo credit: Courtesy The Saatchi Gallery, London / Photograph by Prudence Cuming Associates Ltd *「Tracey Emin: A Second Life」 展(テート・モダン)が 2月26日〜8月30日に開催
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。(随時更新)
身体のポリティクスとしての“YBA & BEYOND”
YBA(Young British Artists、ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)は、1990年代のイギリスで頭角を現わしたアーティストたちのことを指す。ダミアン・ハーストを筆頭に、その表現や作家としてのあり方はセンセーショナルなものとして世界のアートシーンに大きなインパクトをもたらした。しかし、こうしたYBA旋風や、YBAを中心とするイギリス現代美術史観から、取りこぼされてきたものとはなんだったのか——。本稿では「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展(国立新美術館 2月11日〜5月11日、京都市京セラ美術館 6月3日〜9月6日)の開催を機に、現代の視点からYBAのアーティストをはじめとする同時代の表現について再考する。代表的な「YBA」の美術とみなされる表現を特権的に扱わず、主にフェミニズムやクィア理論をもとにした「身体のポリティクス」の観点から、いくつかの代表的な作例を辿ってみたい。筆者はロンドン在住の美術批評、伊藤結希。【Tokyo Art Beat】
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1990年代のイギリス美術はYBAだけではない?
1990年代のイギリス美術は、YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)を中心に語られてきた。とはいえ、YBAに共通する造形的特徴や主題はない。むしろ彼ら/彼女らを強く結びつけていたのは、ロンドンを拠点とする同じ大学、同じギャラリー、同じコレクターといった制度的ネットワークである(*1)。
そしてYBAは、ダミアン・ハーストというスターを中心に、(例外はありつつも)白人・ロンドン中心主義的なごく限定的な「イギリス像」を補強し、さらにはトニー・ブレア政権下の「クール・ブリタニア」と結びつくことで、90年代イギリス美術のカノンとしての立場を揺るぎないものにした(*2)。
ダミアン・ハースト(1996)
ただし、そのような正典化は、同時代の複数の実践——とりわけクィアやブラックをめぐる表現——を相対的に見えにくくした。たとえば、ハマド・バット(Hamad Butt)はその典型的な例だ。ハーストと同時期にゴールドスミス・カレッジに在学していたにもかかわらず、南アジア系、ムスリム、ゲイという複合的なアイデンティティを持つ彼は、YBAの系譜に連なるどころか、長らく見過ごされてきた(*3)。
ハマド・バットのポートレイト
また、1989年にはブラックアートの記念碑的展覧会「もう一つの物語:戦後英国のアフリカ系―アジア系作家(The Other Story: Afro-Asian Artists in Post-war Britain)」が開催され、ルベイナ・ヒミドやソニア・ボイスなど、明確にフェミニズムを志向する女性のブラックアーティストが参加していたが、彼女たちが脚光を浴びるようになったのはごく最近の出来事だ 。すなわち、YBAを追うだけでは、90年代のイギリス美術が持つダイナミズムを十分に把握することは叶わないのである。
ソニア・ボイス ディボーショナル・ウォールペーパー・アンド・プラカード 2008-20 撮影:編集部 *「MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス」が森美術館にて3月29日まで開催中
そこで本稿は、周縁化されたアーティストを論述して付け加えるのではなく、中心の語りを内側から揺さぶる方法をとりたい。YBA発のフェミニズム表現(ジリアン・ウェアリング、トレイシー・エミン、サラ・ルーカス)とカノンの外側に位置するエイズ危機への応答(デレク・ジャーマン、ギルバート&ジョージ)を、「身体にまつわる表現」という同じ軸で論じることで、YBA内外の接続を試みる目論見だ(*4)。そうすることで、より複雑で厚みのある1980〜90年代イギリス美術の一端を示せるだろう。
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#YBA#国立新美術館#京都市京セラ美術館
