欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は2026年2月6日、ショート動画プラットフォーム大手TikTokが「デジタルサービス法(DSA)」に違反しているとする暫定的な見解を公表した 。今回の調査結果の核心は、TikTokのアプリ設計そのものがユーザー、特に未成年者や脆弱な成人の心身に害を及ぼす「中毒性」を意図的に含んでいるという点にある 。
欧州委員会は、無限スクロールや自動再生といった現在のSNSにおける「標準的」な機能が、ユーザーの自制心を奪い、強迫的な利用を促していると断じた 。これは、単なるコンテンツの監視を超え、プラットフォームのビジネスモデルの根幹である「ユーザーの滞在時間の最大化」という設計思想そのものに規制のメスが入ったことを意味する。
脳を「オートパイロット状態」に追い込む4つの設計

欧州委員会が問題視しているのは、TikTokのUX(ユーザーエクスペリエンス)を構成する主要な4つの機能である 。
無限スクロール: 終わりなく続くフィード。
自動再生(オートプレイ): ユーザーが選択せずとも次々に流れる動画。
プッシュ通知: ユーザーを執拗にアプリへ呼び戻す仕組み。
高度にパーソナライズされた推奨システム: ユーザーの嗜好を分析し、快楽を刺激し続けるアルゴリズム。
これらの機能は、ユーザーに新しいコンテンツという「報酬」を絶え間なく与え続けることで、スクロールを止められない衝動を煽り、脳を「オートパイロット(自動操縦)モード」へと移行させる 。欧州委員会が引用した科学的研究によれば、この状態は強迫的な行動を誘発し、ユーザーの自己コントロール能力を著しく低下させる可能性があるという 。
特に、未成年者の発達途上の脳にとって、この種の中毒性設計は深刻な悪影響を及ぼすことが懸念されている。欧州委員会のテック担当執行副委員長であるヘンナ・ヴィルクネンは、「ソーシャルメディア中毒は、子供やティーンエイジャーの発達途中の精神に有害な影響を与える可能性がある」と警鐘を鳴らしている 。
形式的な対策と実効性の乖離
TikTok側はこれまで、デフォルトの利用時間制限(60分)やペアレンタルコントロールなど、ユーザーのウェルビーイングに配慮したツールを導入していると主張してきた。しかし、欧州委員会はこれらの対策を「実効性に欠ける」と一蹴している 。
現在の時間管理ツールは、通知が表示されても容易に解除できてしまい、利用を制限するための「摩擦(フリクション)」がほとんど機能していない 。また、保護者向けの設定機能についても、導入に多大な時間とスキルを要するため、多くの親にとって効果的な抑制手段になっていないと指摘されている 。
この指摘は、プラットフォーム企業が「対策を講じている」という免責事項を作るために、あえて使いにくい、あるいは回避しやすいツールを設計しているという疑念を浮き彫りにしている。欧州委員会は、単なる機能の追加ではなく、サービスの「基本的な設計」そのものを変える必要があるとの立場を明確にした 。
軽視されたリスク評価:深夜利用と使用頻度
デジタルサービス法(DSA)は、大規模オンラインプラットフォームに対して、自社サービスが社会に及ぼすシステム的なリスクを評価し、軽減することを義務付けている。しかし、今回の調査により、TikTokはこの義務を適切に果たしていなかった可能性が浮上した 。
欧州委員会によれば、TikTokは自社の設計機能がユーザーの心身の健康を損なうリスクを十分に評価しておらず、特に以下の重要な指標を無視していたとされる 。
未成年者が夜間にTikTokを利用している時間。
ユーザーがアプリを開く頻度。
その他、強迫的な利用を示す潜在的な指標。
深夜の利用は、睡眠不足を通じてメンタルヘルスの悪化に直結する。こうしたデータを把握していながら、中毒性を助長する設計を維持し続けたことは、DSAが求める「リスク軽減」の義務に真っ向から反する行為とみなされている 。
「ラビットホール現象」とアルゴリズムの責任
今回の暫定見解は、2024年2月に開始された広範な調査の一部である。調査対象には、中毒性設計のほかに「ラビットホール効果(ウサギの穴にはまるような、特定の傾向の動画に深くのめり込む現象)」を引き起こす推奨アルゴリズムの是非も含まれている 。
TikTokのアルゴリズムは、世界で最も洗練された独自ソフトウェアの一つと目されているが、その強力なレコメンデーションが、ユーザーを自殺や自傷行為を助長するような有害なコンテンツへ繰り返し誘導しているという指摘が絶えない 。米国では、アルゴリズムによって有害動画を執拗に表示されたことが原因で子供が自ら命を絶ったとして、複数の訴訟も起きている。
欧州委員会は、TikTokに対して「無限スクロールの段階的な廃止」や「深夜帯のスクリーンタイム休憩の強制的な導入」、「推奨システムの抜本的な修正」など、UXの根幹に触れる変更を求めている 。
経営を揺るがす巨額制裁金の現実味
もし、今回の暫定的な見解が最終的に確定した場合、TikTokには極めて重い罰則が科せられる可能性がある 。DSAに基づく制裁金は、当該企業の全世界における年間総売上高の最大6%に達する可能性があるからだ 。
TikTokを運営する中国のByteDanceにとって、これは数千億円規模の損失を意味するだけでなく、欧州市場におけるビジネスモデルの転換を余儀なくされる致命的な一撃となり得る。TikTok側は欧州委員会の暫定的な調査結果について、「当社のプラットフォームを事実と異なる、全く根拠のない描写で示している」と反論し、あらゆる手段を講じて対抗する姿勢を示している。
しかし、TikTokに対する欧州の監視の目は厳しさを増す一方だ。2025年5月には、欧州経済領域(EEA)のユーザーデータを中国へ不正に転送したとして、アイルランドのデータ保護委員会(DPC)から5億3000万ユーロ(約850億円)の制裁金を科されたばかりである。
「設計による安全」が目指すソーシャルメディアの未来
欧州のこの動きは、世界的な潮流とも合致している。オーストラリアでは16歳未満のSNS利用を禁止する法律が可決され、スペイン、フランス、英国なども同様の年齢制限措置を検討している。
しかし、欧州委員会のHenna Virkkunen執行副委員長は、単なる年齢制限よりも「設計による安全」の重要性を強調している。「ソーシャルメディアは、設計段階から十分に安全であるべきだ。そうすれば、これほど高い年齢制限を設ける必要はなくなる」と彼女は述べている。
今回のTikTokへの警告は、他のテックジャイアントにとっても他人事ではない。YouTube ShortsやInstagramのリール、X(旧Twitter)など、無限スクロールとパーソナライズされたアルゴリズムを武器にするすべてのプラットフォームが、今後、欧州の厳しい規制の枠組みに照らし合わされることになるだろう。
「注目(Attention)」を貨幣とする現代のデジタル経済において、ユーザーの時間を奪うことが「害」であると法的に定義された意義は大きい。TikTokが今後、防御権を行使してどのような回答を行うのか、そして欧州委員会が最終的にどのような決断を下すのか。その結果は、私たちが日常的に接するインターネットのインターフェースそのものを変えてしまう可能性を秘めている 。
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