ブリスベン(CNN) カナダからオーストラリアを訪れていたバックパッカーのパイパー・ジェームズさん(19)が、朝のひと泳ぎを楽しもうと島の太平洋岸へ向かっていた時、太陽はまだ水平線から昇り始めたばかりだった。

オーストラリアの東海岸、クイーンズランド州沖に浮かぶガリ(旧フレーザー島)は、現地の言葉で「楽園」を意味する島。美しい自然で知られる国立公園だ。それから2時間後、同国原産の野犬「ディンゴ」に囲まれたパイパーさんの遺体が発見された。

死因はまだ明らかになっていない。パイパーさんは冒険心あふれる女性で、オーストラリアを訪れるという長年の夢を果たし、数週間前からこの島で働いていた。

暫定的な検視結果では水死の形跡がみられたが、死亡前と後にディンゴにかまれた跡も見つかった。州の検視裁判所は声明で、「死亡前にかまれた傷がただちに死を招いた可能性は低い」との見方を示した。

パイパーさんの父、トッド・ジェームズさんは「私たちはみんな、水死であってほしいと思っている」と話す。「水死も悲惨だが、もうひとつの可能性に比べれば少しは安らかかもしれない」

病理検査による死因の確定には数週間かかる可能性がある。ディンゴが大きくかかわっていたとすれば、同国で過去50年近くのうちに発生したディンゴの襲撃による死亡例としては3件目になる。大人が犠牲になるのは初めてだ。

パイパー・ジェームズさん(19)は1月19日、ビーチで死亡しているのが見つかった/Todd James
パイパー・ジェームズさん(19)は1月19日、ビーチで死亡しているのが見つかった/Todd James

1件目は1980年、北部準州でキャンプをしていた家族のテントから乳児が連れ去られた。当時、ディンゴが乳児を連れ去るとはだれも思っていなかったために母親が疑われ、無実を主張したものの殺人罪の判決を受けた。後になって新たな証拠が見つかり、母親は潔白が証明された。この話はメリル・ストリープ主演で映画化された。

2件目は2001年に起きた。ガリで9歳の男児とその弟が2頭のディンゴに襲われた。

ガリのあるフレーザーコースト市のジョージ・シーモア市長は、「あのころから町やホテルの周囲にフェンスが設けられるようになった」と振り返る。

その後数日のうちに、島では30頭を超えるディンゴが「人道的に処分」された。この判断に対しては、市民から激しい抗議の声が上がった。

住民の一部は、3人目の犠牲者が出たかもしれないと心配している。もともと承知していた危険のせいではなく、また殺処分が始まるのではないかと恐れているのだ。

州政府は先ごろ、「この事案に関与した」ディンゴが駆除され、「人道的に安楽死処分」されると発表したが、具体的に何頭が処分されるかには言及しなかった。

声明は、自然保護官らが直近1週間にディンゴの群れによる攻撃的行動を目撃したとし、「市民の安全を脅かす、許容できないリスクだ」と強調した。

父トッドさんは、パイパーさんが生きていたら殺処分には賛同しなかっただろうと話す。「パイパーはそれを望まないはず。自分が少しでも加担してしまうことに、ひどくショックを受けるだろう」

パイパーさんは両親に、ディンゴは「かわいい」と話していた。

その姿は「家にいる娘の愛犬に似ている」と、トッドさんは語る。ディンゴには触るなと言うと、パイパーさんからは『分かっている』という答えが返ってきた。

水に入ってはいけない

ガリには白砂のビーチや輝く湖水、ディンゴのような野生生物を求めて、年間約50万人が訪れる。

ディンゴは地元先住民の言葉で「ウォンガリ」と呼ばれ、島には最大200頭が生息する。本土の飼い犬や野良犬と似ているが交流はないため、極めて純粋なディンゴのDNAを持つ。オーストラリアにとって、ディンゴの保護は国家的に重要な意味を持つと考えられている。

その一方で、やはり危険も認識されている。

ガリを訪れる人はディンゴから距離を取るよう警告されている/DETSI
ガリを訪れる人はディンゴから距離を取るよう警告されている/DETSI

ディンゴから見れば、キャンプ場は格好のえさ場だ/DETSI
ディンゴから見れば、キャンプ場は格好のえさ場だ/DETSI

ガリを訪れる旅行者は、ディンゴと20メートル以上距離を置き、集団で行動し、子どもを親の手の届く範囲から出さないよう注意を受ける。ディンゴが近寄ってきた時に追い払うための「ディンゴ棒」も配られている。

オーストラリアの環境コンサルティング会社「エコシュア」の野生生物学者、ベン・アレンさんは「ディンゴは人間を食物源ととらえている。そこが問題だ」と話す。

「当地ではこれを、冗談交じりにカモメ症候群と呼んだりする。カモメはフライドポテトを1本与えると、ハンバーガーを丸ごと取りにくる」と、アレンさんは説明する。「そのカモメに4本の脚と歯が生えたようなもの。だからフライドポテト1本も与えてはいけない」

旅行者は食べ物やごみを密封できる所に保管し、釣り人は動物に狙われそうなえさを土の中に埋めるよう指示される。ディンゴにえさを与えた者や、寄ってくるよう仕向けた者には高額の罰金が科される。走ると追いかけてくるため、走らないようにという警告も受ける。

市長のシーモア氏によると、かつてはビーチでディンゴが後をついてきたら水に入れといわれていた。

ところが、23年に10歳の男児がディンゴに襲われて水中に引きずり込まれた事故や、女性が4頭のディンゴから逃れようと海に逃げたにもかかわらず襲われ、重傷を負った事故が相次ぐなど、近年の襲撃を受けてアドバイスは変更された。

「私は2年ほど前から、死者が出る恐れがあると訴え続けてきた」と、シーモア氏は言う。