ほの暗い劇場で、深紅のカーペットを歩くときの胸の高鳴り。コンサート終演後、頬を上気させた人々が語り合う興奮したようなざわめき、ぴんと張り詰めたように静かな展示室の少し冷たい空気。それらすべてが思い出のなかだけの存在になってしまったら……
高齢になるにつれ、文化活動が少しずつ遠い存在になっていくことがある。年齢を重ね、収入が限られてくると、演劇やコンサート、美術館鑑賞にお金をかけることが、簡単な選択ではなくなってしまうのだ。そうして外出や人と会う機会が減ると、孤独感が増し、費用面だけでなく気持ちの面からも文化活動に参加しづらくなる──そんな悪循環が起きてしまうこともある。
こうした孤独は、高齢者だけの問題ではない。若い世代のなかにもまた、孤独を感じている人たちがいる。家族以外の年上世代と、ゆっくり話をしたり、時間を共有したりする機会が少なくなり、世代と世代のあいだには、気づかないうちに距離が生まれているのだ。
ドイツでは、そんな二つの世代が交わり、孤独にアプローチするプロジェクトが行われている。彼らの“仲介者”として選ばれたのは、「アート」である。
ドイツ・ハンブルクを拠点とする KULTURISTENHOCH2は、低所得の高齢者と地元の高校生をペアにし、演劇やコンサート、美術館といった文化イベントへ一緒に出かける機会をつくるプロジェクトだ。参加費は無料で、チケット代や移動費など、文化体験を遠ざけてきた経済的なハードルを取り除いている。
参加する高校生たちは、活動に参加する前に約5時間のトレーニングを受講。高齢者の身体的な変化や心理的な特性について学び、安心して時間を共有するための準備を整えたうえで、ペアとして文化イベントに臨む。
KULTURISTENHOCH2が大切にしているのは、単に「同行する」ことではない。若者を「付き添い役」として扱うのではなく、高齢者と同じ目線に立つ文化の「バディ」として位置づけている点に、このプロジェクトの特徴がある。
こうした交流は、単なる「良い思い出づくり」にとどまらない。若者にとっては、人生の経験や多様な価値観に触れる機会となり、高齢者にとっては、若い世代の視点を通して社会との新たなつながりを感じる時間になっている。
2016年の設立以来、ハンブルクではすでに800人以上の若者がこの活動に参加してきた。その仕組みは近隣都市のキールにも広がっている。KULTURISTENHOCH2は、2027年までにハンブルク全域での展開を目指し、他都市へのノウハウ共有も進めている。
文化活動を諦めることも、折衷案として、オンラインで映画を見たり、バーチャルツアーで美術館を訪ねたりもできてしまうこの時代。文化活動が心を癒すのはもちろんのことだが、そんな時代だからこそ、誰かと隣に立って同じ時間を共有する、そんな身体性を伴う時間こそが、孤独への一番の薬になるのかもしれない。
【参照サイト】KULTURISTENHOCH2
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