2026
2/02
宮城県仙台市の西部、温泉地としても知られる作並に、世界中でブームを起こしているジャパニーズウイスキーの蒸溜所がある。それが、ニッカウヰスキー株式会社の仙台工場宮城峡蒸溜所だ。広瀬川と新川(にっかわ)というふたつの清流に囲まれたこの場所は創業者・竹鶴政孝氏の息子である威(たけし)氏が見つけたことでも知られている。ブームを生み出したのは、一体どのような場所なのだろうか。
目次
新たな味わいのウイスキーを追い求めて

ニッカウヰスキーの創業者で“日本のウイスキーの父”とも呼ばれる竹鶴政孝。初めに建てた蒸溜所は北海道の余市町である。余市蒸溜所で作られるのは大麦麦芽のみを原料とするモルトウイスキー。冷涼で湿潤な気候のもと、昔ながらの「石炭直火蒸溜」で製造する力強いスモーキーな味わいが特徴だ。
スコットランドでウイスキー作りを学んだ政孝は、余市とは違った特徴を持つ原酒を日本で作りたいと考えるようになった。
そこで政孝は、息子の威に「水のいいところを探す」というミッションを与える。水はウイスキーの味わいや個性を左右する重要な要素であったからだ。年間平均気温が10℃程度で東北山間部という基本条件の中、いろいろな場所を探させたのだという。
ウイスキー作りに適した、緑豊かな森に包まれる宮城峡
いくつかの候補地を見つけ、最初に威が政孝を連れてきたのが、この宮城峡だった。新川の水を汲んで、水割りを飲んだ政孝はそのおいしさに感動。ほかの候補地を見ずして、この場所に蒸溜所を建てることを決めたのだという。異なる味わいのウイスキーを作るには、異なる環境が必要となる。余市町が海の近くにあるため、もう一つの蒸溜所は森の中に作りたかったという思いもあったようだ。
“柔らかい水”が生んだ新テイスト
政孝の思う「いい水」とは、ミネラル分が少ない軟水のこと。新川の伏流水はとても柔らかく、ウイスキー作りに適しているのだ。年に数回は水質の成分を調べているそうだが、大きく変わることはなく安定しているのも新川の水を使う理由だと、工場長の笹村欣司さんは話してくれた。
また、蒸溜所の建設にあたっては、「自然を大切にしなければ、おいしいウイスキーはつくれない」という政孝の信念が随所に反映されたという。樹木の伐採は最小限に抑えられ、敷地内の電線は可能な限り地下に埋設。宮城峡の豊かな自然景観と調和するレンガ調の建物を見てもらうための導線づくりなど細部まで気を配ったという。
こうして1969年、宮城峡蒸溜所は完成した。余市蒸溜所とは全く違うウイスキーを作りたいと考えていた政孝は、完成後の本溜液(蒸溜時に最も味の核になる部分)を飲んだ時に「違う……」と一言発したという。周囲が緊張感を募らせる中、「余市蒸溜所とは違うウイスキーを作ってくれてありがとう、という意味だったようです」と、笹村さんは朗らかに説明してくれた。
個性が際立つジャパニーズウイスキーを追求

余市蒸溜所と宮城峡で異なるウイスキーを製造するため、蒸溜工程で使用するポットスチルの形状も変えている。蒸溜のやり方が変わると、味の重さ・軽さが変わるのだ。
余市蒸溜所では、真っ直ぐに立ち上がっている「ストレートヘッド型」を使い、重厚感のあるモルトウイスキーに仕上げる。
一方、宮城峡蒸溜所では膨らみを持った「バルジ型」を使い、柔らかなモルトウイスキーにする。また、とうもろこしなどを主原料とするグレーンウイスキーの製造には「カフェ式連続式蒸溜機」を使用し、原料の香りや甘み、コクを残した豊かな原酒を製造している。
こうして生まれた個性の異なるモルトウイスキーに、グレーンウイスキーを組み合わせて作られるのが、ブレンデッドウイスキーだ。複数の原酒を精緻にブレンドし、調和させることで、奥行きと一体感を備えた味わいが完成する。余市蒸溜所と宮城峡蒸溜所という二つの蒸溜所の個性があるからこそ、多彩なウイスキーが生まれているのである。
世界的ブームの裏側で起きている、深刻な“原酒不足”
2000年以降、ジャパニーズウイスキーは海外の品評会で次々に受賞。宮城峡蒸溜所でつくられた「シングルモルト宮城峡」「シングルモルト宮城峡12年」も、「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)」や「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)」で多数の賞を受賞している。スコットランドの伝統を尊重しながらも、日本ならではの繊細な製法や素材を活かした独自のスタイルに、世界中のウイスキー好きが注目するようになった。国内のみならず中国やアメリカ、フランスなどの国外からの需要が特に増えている。
笹村さんは、「ありがたいことに市場は伸びている」と言う。2000年代後半からのハイボールブーム、2014年秋からの政孝をモデルにしたNHKの朝ドラ「マッサン」の影響もあり、余市蒸溜所と宮城峡蒸溜所の原酒をブレンドしたウイスキー「竹鶴」は、原酒の在庫が減少してしまったのだと話す。放映時に仕込んだ原酒はあるものの、ウイスキーは長い熟成が必要なため、なかなか潤沢には出荷できない状況が続いているという。
ブレンドでウイスキーの妙味を引き出す

ウイスキーの味について笹村さんに聞くと、熟成後にブレンドや加水などの調整を行う前の原酒が樽の中で熟成する事で数年かけて品質が造られているそうだ。樽の産地によっても原酒の味が変わってくるので、最終工程であるブレンドで調整する。
味を深化させるカギは”樽”
ウイスキーの味はブレンダーが異なる個性の原酒を組み合わせ、最終的な仕上げを行う。熟成は毎年変化するため、ブレンダーは毎年、熟成中の樽の原酒をサンプリングし、レシピの調整を繰り返す。
熟成樽として世界的に人気なのがシェリー樽。シェリー酒の熟成に使われた樽を再利用しているため、ウイスキーにシェリー酒のアクセントが加わり、甘みのある香りとインパクトのある味が実現するのだという。樽を使用する際には、樽の内面を焼きなおし使用することが多い。その焼き方によっても味が変わるのだ。
数十年後、日本の風土を語るウイスキーのために

ニッカウヰスキーの現在の課題を聞いた。笹村さんは、「貯蔵したウイスキー原酒不足で、お客さんの需要に応えきれない状況が続いている」と話す。
増産を求める声に応えられないことに忸怩(じくじ)たる思いを抱えているのが見て取れた。しかしながら、「現在行っている仕込みは数年後の財産となる」との考え方から、増産計画を進めているという。今後さらなる投資を行い、生産能力を拡大する予定だ。
こうして現在、樽で静かに眠っている原酒は、同社の財産であるばかりか、これからのジャパニーズウイスキーを語る上で重要な「日本の文化的資産」と言える。
世界的大ブームのジャパニーズウイスキー。その市場動向、そしてニッカウヰスキーがどのような評価を得ていくのか、目が離せない。
