京浜工業地帯の一角を占め、ものづくり企業やライフサイエンス系研究所なども数多く立地する神奈川県。同県では、今年度初めて宇宙産業に特化した予算を計上し、県内での宇宙産業振興に取り組み始めました。
製造業も多く立地する中で、かねてからロボット産業など先端産業への取り組みも進めてきた神奈川県では、どのような方向性で宇宙産業振興を進めようとしているのでしょうか。
神奈川県庁で宇宙産業振興の取り組みを進める、産業振興課・課長の髙橋氏に聞きました。
髙橋 敦(たかはし・あつし)
神奈川県 産業労働局 産業部 産業振興課長
1995年神奈川県庁入庁。財政課、政策局総務課、保健福祉局総務室、教職員企画課、教育局財務課副課長、教職員人事課副課長、教育局総務室管理担当課長を経て、2024年4月から現職。
現在、国内では宇宙港やものづくり、宇宙技術を活用した課題解決など、複数の切り口で宇宙産業振興に取り組む自治体が増えています。
そんな中、世界を取り巻く産業構造上の変化や、日本政府が宇宙基本計画で掲げる宇宙産業市場の拡大方針、宇宙戦略基金による長期的な支援の開始という政策の動向を鑑み、県として宇宙産業に取り組む判断をした神奈川県では、2025(令和7)年度、初めて宇宙関連産業に特化した予算を計上しました。
県庁にて宇宙産業振興に取り組む髙橋氏は、取り組みの背景をこう語ります。
「産業振興課はものづくり系企業などを支援する工業振興を軸に活動しており、2013年からロボット産業などの先端分野も振興の対象としてきました。宇宙産業もその延長線上に位置づけています」(髙橋氏)
また、神奈川県内には製造業が集積。さらに、人工衛星や人工衛星に搭載する機器・装置の開発を手がける三菱電機鎌倉製作所といった宇宙関連企業や、JAXA宇宙科学研究所といったアカデミアも立地しています。衛星分野を中心に産業基盤がすでに存在している点は、神奈川県の特徴の一つといえます。
初年度となる2025年度、神奈川県は宇宙産業振興として、4つの施策を展開しています。
1つ目は、相模原・橋本エリアに整備した宇宙関連企業向けの交流拠点です。
昨年12月、JR橋本駅近くに「KANAGAWA Space Village」がオープン。宇宙関連企業や自治体、研究機関、金融機関等の連携促進を目的としたコワーキング機能を備えており、県内での宇宙関連コミュニティの形成から、実際のものづくりに向けた連携まで展開させていくことを目指します。また、少し離れた場所にある「さがみはら産業創造センター」では、簡易的な作業ができるようなラボ機能も提供しています。
2025年12月にオープンした「KANAGAWA Space Village」のコワーキングスペース
提供:神奈川県
2つ目の施策は、「衛星データビジネス利用促進事業」(参考記事)です。現在は公募で選定された3案件を対象に、農業、インフラ点検などをテーマとした衛星データ活用プロジェクトの支援を行っており、宇宙ビジネスの現場を知る専門家による助言や、プロジェクト進行管理などの伴走支援を提供、ユースケースの創出を目指しています。
そして3つ目が、今年2月5日に横浜市で実施される「神奈川宇宙サミット」の開催です。
このサミットでは、衛星やものづくり分野を含め、宇宙産業に関する幅広いテーマのセッションが用意されており、宇宙産業への参入を考える事業者が主な対象。川崎市内にある「ライフイノベーションセンター」や、藤沢市の「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」など、神奈川県には医療・ヘルスケア関連企業の集積があることから、医療・創薬など異分野からの宇宙領域参入を意識したセッションも企画されているほか、近年の重要課題であるサステナビリティを切り口としたセッションもあり、いろいろな観点で宇宙に関心をもってもらえるようにしたといいます。
また、首都圏という地の利を活かして、幅広く人を集められるため、情報交換・交流の機会となることも期待されます。
4つ目は広報に関する取り組みで、「宇宙なんちゃら こてつくん」の神奈川県宇宙応援アンバサダー就任。宇宙産業への機運を高めるだけでなく、子どもたちに人気のキャラクターによる情報発信は、宇宙ビジネスに取り組む次世代人材の育成にもつながりそうです。
子どもに人気のキャラクターを活用して、さまざまなイベントに登場。「宇宙」に興味をもってもらい、将来の職業の選択肢にしてほしいという願いのもと取り組んでいるとのことです
提供:神奈川県
県では、4施策への取り組みと並行して宇宙関連産業の振興に向けた有識者会議を設置。委員には宇宙領域の学識者やビジネス領域の実務者、宇宙飛行士などが名を連ねており、世界の動向や国の方針をふまえて環境認識を確かにしつつ、神奈川県としての強みや宇宙関連産業の振興における方向性の整理を進めています。
髙橋氏によると、議論の中では「衛星分野における製造業の集積」が評価されているとのこと。神奈川県内には、人工衛星の製造や関連技術を担う企業が立地しており、国際貿易港を有することや、相模原市の橋本地域にリニア中央新幹線の新駅設置予定があることなどの交通利便性の高さも含め、首都圏に近い立地条件も強みであるとされたそうです。
そして、もう一つ神奈川県の特徴的といえるのが、ライフサイエンス分野の集積です。前述の通り、川崎市や湘南地域には、医療・創薬関連企業が集まっています。現在、国際宇宙ステーション(ISS)で再生医療や創薬関連の実験が行われているように、バイオ・ライフサイエンス分野は宇宙環境を利用することで革新が望める領域でもあることから、産業振興課としては、将来的には宇宙環境を活用した研究開発も検討対象になると見ています。
日本各地で地域経済活性化に向けた宇宙産業振興の取り組みが始まっていますが、ライフサイエンス分野を視野に入れた宇宙産業振興の取り組みは多くなく、県のオリジナリティが強い領域といえます。
神奈川県は、2016年に再生・細胞医療の産業化に向け、川崎市殿町地区に「ライフイノベーションセンター(LIC)」を整備。同地区には、ライフサイエンス産業・研究機関が集積しています
Credit: かなチャンTV(神奈川県公式)YouTube
神奈川県では今後、どのような方向性を検討しているのでしょうか。
まず、拠点形成の観点について、もともと、神奈川県では以前から特定の産業を集積させて地域内でエコシステムを構築する「産業クラスター形成」に取り組んできました。
JAXAの研究所や交流拠点が位置する県北部、各種製造業の拠点が多い県央、鎌倉製作所を擁する鎌倉エリアや、医療系の集積地がある湘南など、県内にはさまざまに特色をもつクラスターが複数あります。今後、こうした多様なクラスターをどう連携させていくかは今まさに議論中ということで、産業振興の要となりそうです。
そして、実際に企業が宇宙ビジネスに取り組む際の施設や環境を整備していく必要性を感じていると髙橋氏は語ります。
「衛星関連のものづくりでは、振動や、放射線、熱真空などさまざまな試験を行う必要がありますが、そうした環境が足りないという声はよくいただきます。また、人材も圧倒的に足りていません。現時点で人手不足と言われる中、産業として発展していくためにはよりいっそう人材が求められますので、他業種からの転身などに加え、若い世代が宇宙を選ぶことができるような人材供給・人材育成の取り組みも考えなければいけないと思っています」(髙橋氏)
県庁で、そして業界有識者とも喧々諤々の議論を行いながら施策を進めている神奈川県。現在のところ、来年度以降も取り組みを継続・拡大する方向で検討が進められているということです。
最後に、髙橋氏は初開催となる神奈川宇宙サミットへの期待を語ります。
「すでに宇宙産業にかかわっている方はもちろん、これから参入していこうと考えていらっしゃる方などにもぜひ来場いただき、取り組みのきっかけにしていただけることを期待しています」(髙橋氏)
2026年2月5日(木)に、みなとみらいの「アニヴェルセル みなとみらい横浜」で開催される神奈川宇宙サミット。宇宙機器製造や未病、サステナビリティなどさまざまな切り口でのセッションが予定されています。イベントの詳細はこちら
提供:神奈川県
衛星製造や医療・ライフサイエンス分野といった強みを、今後どのように高めて産業クラスターの形成につなげ、存在感を示していくか。本格始動した神奈川県の動向に、今後も注目が集まることになりそうです。
