無極化する世界と日本の生存戦略

無極化する世界と日本の生存戦略
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執筆者:土屋大洋
2026年2月3日


澎湖諸島と台南を結ぶ海底ケーブルを切断した「宏泰58号」。拿捕時には「宏泰168号」を称していた。船名表示を変えられるようになっているのがわかる(本文中の「宏泰168号」の写真も参照)[2025年8月28日、台湾・台南市](C)REUTERS/Ann Wang
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2025年2月25日未明、台湾南部の台南沖で貨物船が拿捕された。船籍は西アフリカのトーゴだが、船長・船員はすべて中国籍であり、錨を下ろし「Z」字状に航行して海底ケーブルを故意に切断したと見られている。事件後、筆者と共同関係者は係留地に関する情報をつかみ、海上から現場に接近して船影を確認した。だが、それは拿捕された船と「二つの名前」を「共有」する「別の船」だったと考えられる。海底ケーブルに迫るグレーゾーン作戦への備えは、国際通信の99%をこれに依存する日本にとっても喫緊の課題に浮上している。

 バルト海と台湾周辺で海底ケーブルが意図的に切断されたと見られる事案が増えている。しかし、その意図は必ずしもはっきりせず、明確に処罰することも難しい。いわゆるグレーゾーン事態である。

 多くの海底ケーブル切断事案は排他的経済水域(EEZ)で起こっている。沿岸国の領海内で起こればそれぞれの国の沿岸警備隊が切断した船を拿捕し、船長などを訴追することができる。しかし、国際法においては、公海やEEZで海底ケーブルの切断が起こった場合、それを処罰できるのはその船が登録されている国の政府である。

 意図的と見られる海底ケーブル切断にこれまで関わって来た貨物船やタンカーの多くは、いわゆる便宜置籍船で、パナマ、キューバ、クック諸島などで登録されている。船の本当のオーナーは別の国におり、責任を果たそうとしない場合が多い。国際法の抜け穴を使って海底ケーブルを切断させていると見られる。

3台が積み込まれていた自動船舶識別装置

 しかし、例外的に船長が逮捕され、3年の懲役刑が下された事案が台湾の台南で起きた。台湾にはいくつか離島があるが、澎湖諸島と本島側の台南を結ぶ海底ケーブルが、2025年2月25日に切断された。台湾の海上保安庁に当たる海巡(海洋委員会海巡署)が現場に行くと、不審な行動をしていた船が見つかった。船舶の自動船舶識別装置(AIS)の信号は宏泰(HONG TAI)58号を示していた。しかし、船は無線通信に対し自分たちは宏泰168号だと答えた。

 船がケーブルを切ったのは真夜中だった。海巡の警備艇が船を止め、押し問答の末、ようやく船に乗り込めたのは6時間後で、その時にはすでに夜が明けていた。海巡は船でAISの装置を三つも見つけたという。場合に応じて発信する信号を切り替えていたようだ。

 共同研究者と筆者は、この宏泰58号が台南の安平港に係留されているとの情報をつかみ、同港を訪問した。事前に調べたところ、Google Mapsでは上空からの船体の写真が見えていた。係留されているエリアは一般人が陸上から立ち入ることができなかったが、どうにか海上から近づくことができた。同船を間近で見ると、もともとHONG TAI 58と書かれていたが、58の部分が手書きで書き換えられ、168となっているのが確認できた。船はさび付いており、長く放置されていることがうかがえた。

 ところが、日本のテレビ局が宏泰58号を現地取材した映像がニュース番組で放映された。それを見て筆者と共同研究者は違和感を持った。筆者たちが撮影した写真とニュース番組の映像、そして拿捕された時に撮影された写真を見比べたところ、筆者たちが間近で見たのは宏泰58号ではないことがわかった。二つの船は形状がよく似ているが、

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執筆者プロフィール

土屋大洋(つちやもとひろ)
慶應義塾常任理事、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授(兼総合政策学部教授) 1970年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。第15回中曽根康弘賞優秀賞、第17回情報セキュリティ文化賞を受賞。主な著書に『海底の覇権争奪 知られざる海底ケーブルの地政学』 (日本経済新聞出版)、『ハックされる民主主義:デジタル社会の選挙干渉リスク』(共編著:千倉書房)、『サイバーグレートゲーム:政治・経済・技術とデータをめぐる地政学』(千倉書房)、『アメリカ太平洋軍の研究 ― インド・太平洋の安全保障』(編著:千倉書房)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房)など。2019年4月から日本経済新聞客員論説委員。