コラム:遠い円の反転シナリオ、「協調円買い介入」の現実味は=内田稔氏

2022年11月21日、東京で撮影。REUTERS/Kim Kyung-Hoon

[東京 28日] – 日本時間の1月23日から24日にかけて、何度かドル/円が急落する場面がみられた。報道によれば日米の通貨当局がそろってレートチェックを実施したとされている。当日の高値159円台から大幅な下落をみせたことから、一部では実際に介入があった可能性も取りざたされた。日銀が公表した当座預金残高の増減要因の予想に照らせば、介入はなかったものとみられるが、それでも効果は絶大だった。為替市場では今後、協調(円買い)介入が実施されるとの見方も台頭している。

<ユーロ安防衛の協調介入>

過去をひもとけば、類似の例として主要7カ国(G7)が2000年9月に協調してユーロ買い介入に踏み切ったことがある。これはユーロ安に歯止めをかけるためのもので、日本も当時ユーロ買い円売り介入で参加している。これに倣えば、昨今の円安局面においてG7が協調して円買い介入に踏み切る可能性もゼロではない。特に、昨年末のドルの実質実効為替レート(国際決済銀行、ナロー・ベース)はその当時より約11%もドル高である。貿易赤字やドル高を嫌うトランプ政権だけに長期金利の急上昇を伴う円安を阻止したい日本との思惑が一致すれば、協調ドル売り円買い介入が実現する可能性も否定はできない。

<現実味の乏しい協調円買い介入>

ただ、以下の理由に照らせば、G7による協調円買い介入はもちろん、日米に限った協調ドル売り円買い介入の可能性も極めて低い。

まず、大義名分が弱すぎる。ユーロ買い協調介入が実施された00年9月は、ユーロ導入の翌年である。誕生から間もないユーロの下落を放置すれば、新しい国際通貨体制の枠組みが覆りかねなかった。単一通貨の壮大な試みが失敗すれば、その余波はドル高やポンド高、円高へと波及しかねず、ユーロ安の阻止に向けたコンセンサスが醸成されやすかったと言えよう。翻って足もとの円安に対する国際的な危機意識は高くない。「為替相場は市場に委ねるべき」との先進国共通の基本理念を捻じ曲げてまで介入に踏み切る理由を欠く。

次に、円安の主因はマイナス圏に埋没している日本の短期実質金利である。円安を阻止するなら、まずは金融政策によって日本が主体的かつ率先して対応するのが筋である。それが不十分なままとあっては協調介入もないだろう。

例えば、欧州中央銀行(ECB)はその00年の年初より合計1.75ポイントも政策金利を引き上げている。同年10月時点における主要な政策金利である2週間物リファイナンス金利はこれまでで最高の4.75%である。ECBが公式に認めたわけではないが、利上げには当然ユーロ安を抑制する狙いが込められていたとみられ、自助努力を怠ってはいなかった。その点、日本の政策金利は現在0.75%と、経済や物価を加熱も冷ましもしないとされる中立金利の推計レンジ(1.0─2.5%)の下限にすら達していない。

また、日米に限定した協調ドル売り円買い介入の現実味も薄いと言えよう。米国は経常赤字国であり、公的部門の資金不足を国内の民間部門の資金だけでは埋め合わせすることができないからだ。海外投資家に絶えず米国債を買ってもらうべき立場にある米国にとって、円滑な国債の消化にドル相場の安定は欠かせない。

昨年、国際社会の強い反発を誘った相互関税やトランプ減税の恒久化に伴う財政悪化懸念により、米国がドル安と債券安に直面した際、ベセント米財務長官が「強いドル政策を進める」と発言したことを記憶にとどめておくべきだろう。そのベセント氏がドル安を招きかねないドル売り介入に手を下すとは信じがたい。

さらに、トランプ政権は目下のところ連邦準備制度理事会(FRB)に対して、利下げを要請している最中である。そこにドル安がかぶされば、輸入インフレを警戒し、FRBがますます利下げを渋る可能性が高い。米国にとって、人為的にドルを押し下げるメリットは乏しい。

<レートチェックは日本の長期金利上昇抑制が狙いか>

こうしてみていくと、今回のレートチェックは米国からみて、円安ではなく日本の長期金利の上昇が米国の長期金利上昇へと波及することを阻止する狙いがあったのかも知れない。日本では高市早苗政権の誕生後、円安と長期金利の上昇が並走してきたからだ。もちろん、両者の因果関係は双方向である。

一つは、拡張財政に対する市場からの警鐘として長期金利が上昇し、それがいわゆる「悪い金利上昇」と映った結果、円安が進む側面である。もう一方は円安が進む結果、インフレ期待が高まり、長期金利が上昇する側面だ。どちらにせよ、円安を封じ込めることで結果的に長期金利の上昇を抑えることができると考えたとしても不思議ではない。

もっとも、先述した通り、米国側の事情に照らせば協力してくれるのはレートチェックまでにとどまると考えられる。実際、レートチェックをきっかけに23日以降、ドル安が顕在化し始めている。また、米国時間27日、トランプ大統領が日本と中国を名指しした上で、両国がこれまで通貨の切り下げを続けてきたと非難した。これがドル安容認と映り、ドル指数の下げ幅が拡大しており、現在、ドルは4年ぶりの安値圏に突入している。こうしたトランプ大統領の発言を冷静に既定路線へと押し戻すのがベセント財務長官である。米国債の安定消化の観点からはドル売り円買い協調介入どころか、このままドル安が続けば、むしろ「強いドルが国益である」といった修正手形が切られる可能性も高くなろう。

<ドルも円も弱ければクロス円が堅調推移>

今回のレートチェックとその後のドル/円の急落に照らせば、ドル160円は遠のいた。しかし、円を直視すれば、だからと言ってここから円が反転上昇に向かうわけでもなかろう。依然として短期の実質金利はマイナス圏にあり、これが円安圧力として残る公算が大きいからだ。しかもドル/円の上昇が落ち着くほど、日銀が利上げを急ぐ必要性も低下する。また、ドル/円が161円台から140円割れまで20円以上にもわたって下落した24年の夏に比べ、炙り出される投機筋の円ショートポジションも小さい。

さらに国際収支の観点からみても円高が進む環境にはない。例えば、25年の貿易収支はマイナス2兆6507億円と前年の約5兆6285億円から改善したが、今年は再び悪化する見通しだ。日米関税交渉の決定内容に従うならば、米国産の農産品並びに他の米国製品の追加購入(年間80億ドル)、液化天然ガスを含む米国のエネルギーの追加購入(年間70億ドル)、米国製防衛装備品及び半導体(年間数十億ドル)のほか、多様な米国の工業製品および消費財の購入拡大、ボーイング社製航空機の購入(向こう数年間で100機)などにより、対米輸入が数兆円規模で膨らむためだ。折からのデジタル赤字や活発な対外直接投資と対外証券投資も勘案すれば、円の反発も阻まれそうだ。

中間選挙が近づくにつれて、引き続きトランプ政権の打ち出す様々な政策や不規則な言動がドル安を招く危険性がある。足元では再び政府機関が閉鎖される可能性も高まってきた。相互関税に対する最高裁の違憲判断が示された場合も、米国の財政悪化を危惧したドル安相場の再来に備えなければならない。そうした場面ではもちろんドル/円も下落を免れないであろう。ただ、ドルと同様に円も弱いままである限り、ドル/円の続落に限界が生じるほか、昨年同様にクロス円が堅調に推移する可能性も十分だ。実際、27日の値動きをみると続落したドル/円を横目にユーロ/円やスイス/フラン円の日足が一足早く陽線を形成して引けた点に注目だ。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*内田稔氏は高千穂大学商学部教授、株式会社FDAlco外国為替アナリスト、公益財団法人国際通貨研究所客員研究員、FPサポート協同組合マーケットアドバイザー、証券アナリストジャーナル編集委員会委員、ダイト株式会社社外取締役監査等委員。1993年、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、マーケット業務を歴任。2012年からチーフアナリストを務め、2013年よりJ-money誌(旧ユーロマネー日本語版)東京外国為替市場調査にて9年連続個人ランキング第1位。22年4月から高千穂大学商学部准教授、24年4月から現職。国際公認投資アナリスト、日本証券アナリスト協会認定アナリスト、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト。YouTubeチャンネル「内田稔教授のマーケットトーク」では解説動画を毎週更新中。

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