静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市清水区の市清水文化会館マリナートで2025年12月20日に開幕した「田中達也展 みたてのくみたて in 静岡」を題材に。

3連休の初日、2026年1月10日のお昼前にマリナートに行ったら、想像以上に多くの人が詰めかけていた。当日券売り場には約20人が列をなしていた。
会場はそんなに広くない。まるで迷路のように壁を作って、写真と立体約160点を展示している。作品がギュッと固まっている印象がある。
人口密度が高い。老若男女、あらゆる世代がそこにいた。田中達也さんの「みたて」作品は、見る人を選ばない。2022年6~7月に同じ会場で行った「みたて」展以上の熱気である。3年半でさらに知名度を上げたのだろう。
田中さんの作品は、私たちの身の回りにあるありふれたものを使って別の世界を創出する。100円ショップで売っているようなブルーのハンガーの曲線が、サーファーを今にも包もうとする波に見える。縦に並んだホットドッグや巻き寿司がターミナル駅で出発を待つ列車に見える。
今回は[HOME][FORM][COLOR]といった7つのゾーンを設け、そのキーワードから田中さんの思考回路を解き明かそうという趣向。ご本人が、自分の頭の中をあっさり言語化している。ここまで手の内を明かしていいのだろうか、という気にすらなる。恐らく次から次にアイデアが湧いてくるので、惜しいという気持ちはないのだろう。
2025年6~11月に横浜美術館で行われたクリエイティブ・ディレクター佐藤雅彦さん(沼津市出身)の大規模個展「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」を思い出した。自分の頭にあるものを、目や耳で感じ取れる「表現」として提示する過程を、つまびらかにしていた。
両者に共通するものは何だろう。「他者の目線」をどれだけリアルに感じ取れるか、ではないか。自分には見えている風景が、人にはどう見えるか。両者は「人の想像力」を推し量る想像力が人並み外れて高いのではないか。
田中さんの作品は、ミニチュア人形たちの織り成す人間ドラマが秀逸。吹き出しを作るのは見る側だが、そのための材料をたくさん用意してくれている。
「当分は糖分を控tえてください」の、ドーナツのMRI装置に送りこまれようとしている横たわった男の顔を見てほしい。威厳を保とうとしているが、どうしても恐怖が表情に出てしまう。感情がダダ漏れした顔がなんともおかしい。
「甘い生活」で新生児を抱く母親の顔つきもいい。「お姉ちゃん」になった長女の方をちらっと見やる。「どう? 抱っこできる?」といったせりふが聞こえてきそうだ。
大小の白いテープカッターを大きな葉の上に置いた「カッターつむり」は、マルセル・デュシャンの「泉」への田中さんからの回答か。1917年、既製の男性用小便器を「作品」として、「アンデパンダン」に出品したデュシャンは「これはアートではない」と突き返された。
それから約110年後、田中さんの「カッターつむり」を見た人はどう思うだろう。目の前にあるのはテープカッターが二つと大きな葉っぱ。それだけだ。これはアートなのか?
多くの人の感想は「アートであろうが、そうでなかろうが関係ない」というものだろう。ユニークな思考の発露がここにある。それだけで、心を動かされる。110年前の論争は今、成立しない。田中さんの作品は見る者を「共犯」に仕立て上げる。そのことを強く感じさせられた。
(は)
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■静岡市清水文化会館マリナート「田中達也展 みたてのくみたて in 静岡」
住所:静岡市清水区島崎町214
開館:午前10時~午後5時
休館日:1月13日(火)、19日(月)、26日(月)
観覧料(当日):一般1300円、中学・高校生1000円、小学生700円
会期:2月1日(日)まで
