京都市左京区の比叡山麓にある八瀬地域。ここにかつて「八瀬遊園」と呼ばれるレジャー施設があった。

 戦前に日本でも珍しい「料亭型テーマパーク」として出発し、戦後は遊園地やプールなどがあるレジャー施設として人気を博した。

 しかし、次第に入園客が減少し、「スポーツ型」などにリニューアルし、てこ入れを図ったものの、客足を上向かせるには至らず平成時代に幕を下ろした。

 多くの人の夢や思い出が詰まった場所は、なぜつくられ、現在どうなっているのか探った。

 「日本でも珍しい料理屋のテーマパーク」

 戦前の八瀬遊園を研究した立命館大文学部の河角直美教授はそう語る。

 八瀬遊園が最初にできたのは、1925(大正14)年。当時の電力会社「京都電燈」が八瀬と比叡山の山頂近くを結ぶ「叡山ケーブル」を完成させたのを機に開業した。

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