インドの受験競争は、カーストや貧富の差を乗り越えるための唯一の手段です。

今回は、ベネッセグループのインド現地法人で取締役を務めた松本陽さんの著書『教育超大国インド 世界一の受験戦争が世界一の経済成長を作る』(星海社新書)を一部抜粋してご紹介いたします。

街を挙げてトッパー(満点合格者)を称賛する過熱ぶりと、男女・カーストに関係なく能力だけで評価される受験の「平等性」が、若者を突き動かす理由を解説します。


受験戦争の中でインドの子どもが目指すもの

ここまででおわかりいただけたと思いますが、インドの教育格差は、かなり大きいと言わざるを得ないでしょう。もちろん、受験自体は誰でも出願することができますし、点数さえとってしまえば、平等に点数で評価されます。しかしながら、その前提として、お金を持っている人であれば、ある意味、受験に合格しやすい環境を手に入れやすいし、一方、裕福でない人であれば、そもそも受験をするステージに立つこともままならない、ということもあるわけです。

しかしそれでもやはり、ペーパーテストは一定の平等性が担保される仕組みとして機能していることは事実であり、どんな状況からでも勉強しさえすれば経済格差や差別を乗り越えられると、多くのインド人は本気で勉強に取り組んでいます。10代が命を削って勉強して切磋琢磨しているからこそ、インド人は優秀な人材として世界に羽ばたいていくのです。

意外に思われる方もおられるかもしれませんが、インドの大学生の男女の割合を見ると、2020年のデータによると、男性が約60%、女性が約40%となっています。つまり、女性も大学で学んでいますし、名門大学に行っている人であれば、女性であってもほぼ差別されずに仕事に就くことが可能になっています。受験競争においては、男女もカーストも貧富の差もなく、能力だけで見てもらえるからこそ、このようになっているのでしょう。

やや極論にはなってしまいますが、受験で頑張ることで、男女もカーストも関係なく生きられるという夢があるから、インド人はがむしゃらに頑張れるという側面もあるのではないでしょうか。

インドでは街中にもインド工科大への合格者を掲示するポスターが貼ってあります。「この街からはこれほど優秀な若者が輩出されました、我が街の誇りです」といった具合です。これは、街を挙げて受験を応援した結果がこんなに現れています、というアピールでもあります。日本の「大学入学共通テスト」に当たる試験で満点をとった子が「トッパー」と言われて新聞にも掲載され、若者たちの憧れの存在であることも既に述べた通りです。

理系人材に優秀な人材が偏っていることも、大きな問題の一つです。例えば、インドにおいてエンジニアと医者の人気は圧倒的で、ここまでに登場した大学もほとんど理系の大学です。弁護士や商社マンなど文系の職業は日本やアメリカでは比較的人気ですが、インド人の間ではあまり人気のない職業とされています。学校も塾も自治体も、IT人材や理系人材の育成に力を入れすぎていて、それ以外の職業・それ以外の才能があぶれてしまっているのです。結果、若者が目指す道を見失ってしまっている場合も多く、これは大きな問題だと言えるでしょう。

公式なデータがあるわけではありませんが、私の印象としては6〜7割の子どもが理系を目指しています。しかし実際に理系大学に進学できるのは3割程度です。先ほどもお話ししましたが、大学の数が足りていないのです。そしてそれ以外は文系の学部に流れ、就職でも苦労することになります。学校も塾も受験指導に特化しすぎていて、進路指導やキャリア教育のようなこともあまり行われていないため、子どもたちが将来のビジョンを持つことができない、選択肢が広がっていかないという問題もあります。高校時代にとんでもない量の勉強をしている、日本人の感覚で言えばとても優秀な学生であっても、大学卒業後に就職できない割合が約3割で、その原因はこの構造的ないびつさにあるのではないかと考えられます。

総じて、ペーパーテスト一発勝負の試験が行われていることにより平等性が担保されている一方で、大学受験に人生が掛かっており、ここで勝てるか勝てないかによって人生が大きく左右されてしまうのがインドの受験です。


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日本の状況が変わった「大学全入時代」