7つの原子炉が立地し世界最大の出力を誇る、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所。
この柏崎刈羽原発の『全号機停止』から13年以上。
東京電力が目指した“再稼働”への歩みは、平坦ではありませんでした。
【写真を見る】“全号機停止”から13年 新潟県の独自検証 テロ対策の不備 そして更に能登半島地震… 世界最大出力『柏崎刈羽原発』の紆余曲折
原発の『安全神話』が崩れたのは2011年のことです。
東日本大震災で福島第一原発は電源を喪失。水素爆発を起こしました。
その後、東京電力が運営する柏崎刈羽原発は定期検査のため2012年3月26日に発電を停止。
「午前0時前です。6号機の発電がストップしました。柏崎刈羽原発は、全号機が運転を停止します…」
東電は1年後、再稼働のための安全審査を申請することを表明しました。
東電への不信感がぬぐえないなか、新潟県のトップが始めたのは原発事故の“検証”です。
「3つの検証がなされない限り、再稼働の議論はできない」
当時の米山隆一県知事が主導したのは、『福島第一原発事故の検証』・『避難計画』・『生活と健康への影響』の3つの検証。
2018年に当選した花角英世知事も、その検証を引き継ぎました。
そして2020年、7号機は原子力規制委員会の審査に合格。
3つの検証も議論が終盤に差し掛かり、再稼働に向けたステップが次のステージに移るかと思われた、その矢先の2021年、テロ対策の不備が発覚した柏崎刈羽原発は核燃料の移動を禁じられ、事実上の『運転禁止命令』を受けました。
自らの不祥事で再稼働が遠のいたのです。
2年8か月に及ぶ検査を経て運転禁止命令が解除されたは2023年の年末。
ところが、そのわずか5日後に起きたのが『能登半島地震』でした。
地震と原発事故との“複合災害”への不安が、新潟県内で湧きあがりました。
「今回の能登半島地震を見ると、もう道路なんてグチャグチャ」
「それで逃げろと言っても、逃げられない…」
■“地元同意”が焦点となるなかで
立地地域の経済団体は一日も早い運転再開を求める請願を提出。
柏崎市と刈羽村の議会では賛成多数で採択されました。
