「国立デザインミュージアム」の設立を目指す一般社団法人Design-DESIGN MUSEUMは10月31日、《 DESIGN MUSEUM JAPAN TOUR in YAMAGATA 天童木工・山形緞通・ゲソ天の旅 》を開催しました。本ツアーは、日本各地に点在する<デザインの宝物>を巡る旅の第二弾です。

都市の発展とともに、生活や景観が均質化する現代。そんな時代にあって、山形に息づくデザインや技術・哲学に触れることは、新しい気づきをもたらしてくれました。デザインは土地から切り離せないもの。「うけたもう」の山伏・修験道の精神が息づくこの土地では、そうした気質がものづくりにも大きな影響を与えているようです。

天童木工 バタフライスツールの形成合板技術を見学

東京駅から山形新幹線で約3時間、最初に訪れたのは、木製家具の名門・天童木工(山形県天童市)です。

バタフライスツール S-0521 (1956)
2016年度グッドデザイン・ロングライフデザイン賞受賞

1940年創業の同社は、成形合板技術を国内でいち早く実用化しました。特に有名なのが「バタフライスツール」で、その名は蝶が羽を広げた形状に由来します。戦後日本の工業デザインを牽引したデザイナー・柳宗理の作品で、ルーヴル美術館やニューヨーク近代美術館にも永久コレクションとして収蔵される傑作です。

工房には、加工前の木の板がたくさん積まれています

大根のかつらむきのように薄く切った板に接着剤を塗り、木目を縦横交互に重ねます。木目を互い違いにすることで、一方向に割れにくい強度が生まれます。

次に蒸気式の型で、重ねた板を約10分間プレス。温度は80〜90度に調整され、木材が焦げないよう配慮されています。熱を加えることで強度は約1.5倍になり、無垢材より強く、加工しやすい合板が完成します。

バタフライスツール用の蒸気式プレス

成形合板技術の開発と実用化の背景には、地域環境がもたらした数々の好条件がありました。森山 馨さん(代表取締役)によると、当時仙台にあった国立工芸指導所(現・産業工芸試験所)に勤務していた技師・乾 三郎を天童木工に招いたことも「バタフライスツール」の誕生に大きく影響。

「バタフライスツール」のようなユニークな造形が実現できたのも、成形合板技術があってこそ。デザインは土地の文化や風土と切り離せないことを、旅を通じて改めて実感しました。

ニーマイヤーデザインの椅子も

良質なブラジル材を確保するため、天童木工は1975〜85年にブラジルに現地法人を設立しました。その際、世界的建築家オスカー・ニーマイヤーがデザインした家具も製作されています。

テンドウブラジレイラが製作したニーマイヤーデザインの椅子

それ自体オブジェのように美しく、遠目からも惹きつけられる優美な佇まいです。自在な曲線美は耐久性と柔軟性の表れでもあります。

高度に曲線美を表現したニーマイヤーデザインの椅子

実際に白い椅子に座ってみると、沈み込みすぎず、多くの支点が身体の自立をサポートしてくれる感触がありました。特に首から頭にかけての支えは、成形合板ならではのしなやかさで、まるでクッションのような遊び・弾力感があることに驚きました。

エンドーと、杉の下意匠室

昼食には、「ゲソ天」で知られる地域密着型スーパー、エンドー(山形市長町・JR羽前千歳駅より徒歩1分)を訪問しました。

三代目店主・遠藤英則さん、ランチは<筋子めし>
サクサクの衣にぷりぷりの食感がクセになるゲソ天も
(レモン塩味、紅ショウガ味、ブラックペッパー・チーズ・イカ墨・トリフ塩味)

店内に足を踏み入れると、まるで舞台セットの中に迷い込んだかのような雰囲気です。一連のデザインを手がけたのは杉の下意匠室です。

棚の商品のデザインについてあれこれと会話が弾み、「このゲソ天は何味かな?」と笑い声が交わされる昼食の時間。ツアー参加者同士の距離が自然に縮まり、あたたかな交流の場となりました。

ゲソ天はイカの足を揚げた天ぷらで、江戸時代から親しまれてきた山形のソウルフード。杉の下意匠室のデザインによって新たな魅力を得て、2023年度グッドデザイン金賞を受賞しました。大型スーパーや量販店の出現により、消えていく老舗商店も多い中で、エンドーは地域のコミュニティ・ハブとしても機能し続けています。

新鮮な海鮮やお惣菜が並びます

東京から戻って店を継いだ三代目店主・遠藤英則さんは「エンドー再建のために思い切って杉の下意匠室さんにデザインを依頼しました。花屋さんに飾ってあったデザインが気になったのがきっかけです。お店の売上はおよそ8倍に伸びましたが、2号店の出店は考えていません。」と語ります。

「エンドー」は、唯一無二。地域に愛され、訪れる人々を笑顔にすることこそが、「エンドー」の真価なのかもしれません。

ゲソ天のフレーバーは<入替戦>も行われるのだとか
げそ男と筋子

「山形緞通」を織り続ける老舗、オリエンタルカーペットを訪ねて

山形県山辺町にある老舗絨毯メーカー、オリエンタルカーペットを訪ねました。

秋色に染まる木々の美しさ、まるで私立学校の校舎か寄宿舎を思わせる工房に心が躍りました。敷地内に建つ建物のうち4棟は、いずれも国の登録有形文化財。柔らかな桃色が印象的な木造建築には大きな窓が並び、室内には自然光がやわらかく差し込みます。

敷地内に建つ4棟の建物は国の登録有形文化財

かつては文芸部やテニスコートもあったそう。ベテランに加えて、20〜30代の女性職人も多く、まるで学び舎のような環境で、生き生きと製作に取り組む姿が印象的です。

手織緞通の製作風景

手織りで進められるのは、1日にわずか数センチ程度。途方もない繊細な反復作業を繰り返しながら一枚の緞通を織り上げるには、職人の安定した心持ちが欠かせません。蔵王山や奥羽山脈を望む、自然豊かな山形県山辺町。そこに佇む歴史的建造物は、根気の要る「ものづくり」には理想的な環境と言えそうです。

素足で絨毯の密度を感じることのできる、休憩室。夏は涼やかに、冬は床暖房の上でも使用可能

創業は1935年。創業者の渡辺順之助は、冷害や凶作による大不況の中、劣悪な労働環境で働く人々の暮らしを案じ、景気に左右されない高級手織り絨毯の製造を決意しました。彼の挑戦は、現代でいう「社会起業家」の先駆けとも言えます。

山形緞通の2つの製法と代表作

中国・北京から緞通技師を7名招聘し技術を習得するところから始まり、日本の風土や美意識に合わせて独自の発展を遂げました。

渡邊篤志さん(常務取締役)のご案内によると、日本で唯一、糸づくりから染色、織り、仕上げからアフターケアにいたるまで、すべてを自社工房で一貫管理しているとのこと。どの工程が欠けても、美しい絨毯は完成しません。

イギリスやニュージーランド産の厳選された羊毛
イメージ通りの色を調合、今までに送り出してきた色は2万色以上
糸づくりの過程

古来の製法を受け継ぐ「手織緞通」と、現代の需要に応じて近代化された「手刺緞通」を生産しています。大使館、バチカン宮殿、GHQへの納入実績もあり、歴史の深さに驚かされます。

バチカン宮殿にも手織緞通を製作納入

近年では、悠仁親王殿下の「加冠の儀」が行われた皇居・宮殿「春秋の間」の絨毯として、手織緞通が注目されました。手刺緞通は、歌舞伎座(東京・銀座)のメインロビーで来場者を迎える鳳凰柄の絨毯として、多くの人に親しまれています。

歌舞伎座 大間絨毯 2013年1月納入
平等院鳳凰堂の文様をモチーフにした鳳凰柄だけで縦5m、横9m、毛糸の量1トンを超える 使用色は22色、試染は約100色 約2年半で完成
(写真提供:松竹株式会社、株式会社歌舞伎座)
歌舞伎座で象徴的な美しい朱色

工房貴賓室で、約80年前に作られた手織緞通の上を歩かせて頂きました。長年大切に使われてきたことが伝わる優しい肌触りに、思わず息を呑みました。織りの緻密さは製作の物語とこれまでの歴史を想起させ、グッと心に込み上げてくるものがありました。

10年に一度のメンテナンス・クリーニングによって繊維の美観と毛並みが整えられ、まるで新品のような風合いです。手織緞通は100年、手刺緞通は50年の耐久性があるとされますが、体感としては100年以上使える可能性も十分です。

約80年前に作られた工房貴賓室の緞通

工房貴賓室では、絨毯製造の過程で残った糸を再利用し、左官仕上げされた壁紙も印象的でした。これは、現代でいう「サステナブル」の精神そのものです。持続可能という概念が一般化するずっと前から、自然や資源に敬意を払うものづくりが行われていたことが伺えます。

変わる手段と、変わらない理念

かつて上流階級が愛した華やかな柄物から、現在は無地で無垢な色調が好まれるようです。渡邊貴志さん(プロデューサー)は、こう語ります。

渡邊貴志さん(プロデューサー)

「絨毯づくりの歴史は、顧客の中でも、特に経済的に豊かなお客様に支えられてきた側面があります。従って、どこかクローズドな世界での趣味嗜好に留まり、インテリアとして適切な時代の批評にさらされることが少なかったのだと思います。しかしながら、時代と現代の生活者にとっての<豊かさの変化>に対応して、ものづくりとその考え方を変化させていかなければ、伝統そのものを繋いでいくことが難しくなります。」

「表面の手段は柔軟に変化させながらも、世界に誇れる最高品質の絨毯を山辺の手仕事によって創り続けて、社会に<喜び>や<誇り>を届けるというオリエンタルカーペットの根幹理念に変わりはありません。」

建築家の中村好文さんが改修設計したギャラリー
裏面も美しい山形緞通

 

継承から共創へ 文化がめぐる<場>求めて

貴賓室の絨毯の上という居心地のよい環境も手伝って、ツアー参加者との間では、伝統の継承や発信について活発なディスカッションが行われました。

その土地と切っても切り離せないのが文化である一方で、地方へと人を導く<場>の重要性も再認識されました。地域性による偏りを超えて、<場>を共有することで新たな発見や広がりが生まれるものです。今はまだ日本に存在しない〈国立デザインミュージアム〉への期待も高まります。

オリエンタルカーペットにて

 

山形から見えてくる、デザインの未来図

山形の<デザインの宝物>を巡る旅では、デザインが、人々の生活に潤いと豊かさをもたらす工夫であることを実感しました。

デザインとは単にスタイリッシュな造形美の話ではなく、生活や社会への長期的な還元をも目指せるものであることも分かってきます。

デザインとは、有形・無形を問わず、アイデア次第で誰もが自由自在に描けるものなのかもしれません。(ライター・山本まりこ)