![]()
アルゼンチンのメンドーサ・エコパークでのアフリカゾウ「ケニア」。ブラジルにあるゾウのサンクチュアリ(保護区域)に移される前にここでリハビリを行った。(PHOTOGRAPH BY FEDE SORDO, FUNDACIÓN FRANZ WEBER)
2025年7月のある暑い日、アフリカゾウの「ケニア」は輸送用のコンテナからゆっくり出て、新たなすみかに入ろうとしていた。30分後、体重約6トンのケニアはコンテナから足を踏み出し、体のほこりを払い、しばし周囲を探索した後、赤い土の山で転がり始めた。
「まるで小さな女の子のようでした」と、アルゼンチンのメンドーサ市で生物多様性とエコパークの責任者を務めるフアン・イグナシオ・オーデ氏は言う。氏がケニアと関わってきたこの3年間で、ケニアがはしゃいだり、全身を水浴びしたり、食事を楽しんだりする姿を見たのは初めてだった。
ケニアはアルゼンチンで飼育されていた最後のゾウだった。40年間を飼育下で過ごしてきたメンドーサ市のエコパークで数カ月間のリハビリを経た後、南米唯一のゾウのサンクチュアリ(保護区域)であるブラジルの「グローバル・サンクチュアリ・フォー・エレファンツ」に到着した。
2025年に実現したケニアの解放を可能にしたのは、国民からの圧力の高まりと動物保護団体の働きかけを受けて2016年に可決されたアルゼンチンの法律だ。この法律は、国内の動物園を閉鎖してエコパークに転換させ、エキゾチック・アニマル(ペットや家畜として飼育されてきた動物以外の動物)をサンクチュアリや保護センターに移すことを義務付けるものだった。
ケニアと共にブラジルへ向かったチームによると、ケニアはサンクチュアリに到着した際、大きな鳴き声を上げたという。それはまるで、ラテンアメリカで2番目に大きい国アルゼンチンで136年間にわたったゾウの飼育の歴史に終止符を打つ、勝利の入場を告げるかのようだった。(参考記事:「地上最大の動物 ゾウの苦境を伝える」)

「ケニア」が入った輸送用のコンテナが吊り上げられる。メンドーサ・エコパークからブラジルのサンクチュアリまでの旅は5日間に及んだ。(PHOTOGRAPH BY FEDE SORDO, FUNDACIÓN FRANZ WEBER)
自由になる前に力尽きたゾウたち
ここまでたどり着く道のりは険しかった。
アルゼンチンで移送対象に選ばれた最初のゾウは、アジアゾウの「ペルーサ」だった。ラプラタ動物園にいたペルーサも、ケニアと同じように生涯を孤独に過ごしていた。しかし2018年、グローバル・サンクチュアリ・フォー・エレファンツへの移送を数日後に控え、52歳で死んでしまった。
悲劇はそれだけではなかった。幼い頃からサーカスで芸をしていたアジアゾウの「メリー」は、民間動物園で飼育されていたが、ペルーサと同じく2018年に50歳で死んでしまった。
2024年には、移送と国境を越えるための国際許可を待っていたアフリカゾウの「クキー」が、わずか34歳でこの世を去った。そして、2025年のケニアの移送のわずか数週間前には、すでにリハビリを終えていた55歳のアジアゾウのオスである「タミー」も死んでしまった。
野生下での健康なゾウの平均寿命は60歳から70歳だが、閉じ込められている状態(飼育下)のゾウの場合、大幅に短くなる。(参考記事:「野生のゾウは動物園のゾウより長生き」)
アルゼンチンからの全てのゾウの移送を計画した非営利団体「フランツ・ウェーバー財団」のエクイティ・サンクチュアリ責任者であるトマス・シオーラ氏によると、ケニアの場合、数十年にわたる飼育下での生活が徐々に、しかし容赦なくその体をむしばんでいったという。運動不足による脚の問題、筋力低下、腸疾患、肝臓病などだ。
「冬は非常に寒く、夏は非常に暑いです。そして、敷地は限られており、地面は硬かったです」と、オーデ氏はメンドーサ動物園の状況について語る。(参考記事:「ナショジオが撮った「ゾウの百年」(前編) 戦利品から“自由なゾウ”へ」)
次ページ:どのようにしてゾウたちの信頼を取り戻すか
ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
会員*のみ、ご利用いただけます。
*会員:年間購読、電子版月ぎめ、
日経読者割引サービスをご利用中の方、ならびにWeb無料会員になります。
