コラム:中央銀行制度を破壊して何が起きるのか=熊野英生氏

 トランプ米大統領が連邦準備理事会(FRB)にあらゆる手段を用いて政治介入を試みている。しかし、筆者が思っていたほど米国での反対論は起きていない。熊野英生氏のコラム。写真は7月24日、首都ワシントンのFRB本部を訪問し、ホワイトハウスが費用をかけ過ぎとして批判を強めている改修現場を視察するトランプ氏と、パウエルFRB議長(2025年 ロイター/Kent Nishimura)

[東京 10日] – トランプ米大統領が連邦準備理事会(FRB)にあらゆる手段を用いて政治介入を試みている。しかし、筆者が思っていたほど米国での反対論は起きていない。もしも中央銀行の独立性を完全に無視して、金融政策を中国の古代皇帝が支配するようにコントロールできるようになると一体何が起こるのか。その弊害についての想像力が欠如しているから、政治介入への反発も少ないのだろうか。

まず警戒されるのは、インフレリスクを軽視して、予想インフレ率を高めてしまうことである。米長期金利が上昇して、それをコントロールできなくなる。そしてドル安の定着である。2025年4月のトランプリスクの顕在化によって、ドル安が続いている。ドル/円ではなく、ドル全体のインデックスは低迷を続けている。4月半ばにトランプ氏がパウエルFRB議長に辞任を迫り、中央銀行の独立性が脅されたことが尾を引いている。

現在、FRBのクック理事には住宅ローン契約に関する不正疑惑を巡り刑事捜査の手が伸びてきており、新しい理事には「ミラン論文」で有名になった大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長が就任する準備が進んでいる。ベセント財務長官は次のFRB議長の人選を絞り込んでおり、国家経済会議(NEC)のハセット委員長、FRB理事を務めていたウォーシュ氏、現理事のウォラー氏の3人の名が挙がっている。ウォラー氏は先日の連邦公開市場委員会(FOMC)でも利下げを主張し、パウエル議長の意見に反対している。表向きは中央銀行の独立性を重視すると理事候補は言っていても、それは建て前であり、とても信じることはできない。世界の中央銀行の歴史上、トランプ政権の政治介入は、今後何十年間も語り継がれる汚点となりそうだ。

<基軸通貨ドルの行方>

トランプ大統領は、貿易赤字を解消する手段として関税政策を用いている。それで十分でないと考えると、いずれ通貨政策を使ってドル安誘導を仕掛けてくるのではないかという見方がある。今まではその手段がなかったが、FRBに利下げを要求することができるとなれば、今まで以上にドル安誘導の思惑は現実味を帯びてくる。FRBが中立金利とする3.0%のフェデラルファンド(FF)レートよりも低い政策金利を目指す可能性も出てきた。ベセント財務長官も、それを念頭に1.5%以上の利下げを求めている。

次なる問題は、ドルが単に米国の通貨であるだけではなく基軸通貨の役割を果たしていることにある。ドル安を敬遠した投資家がユーロなど他通貨を持つようになると、米国マーケットに投資マネーが流入する体制自体がゆらぐ可能性もある。米国の株式時価総額は世界の半分以上を占めている。ドル安の予想は、投資家が安心してドルを保有していられない潜在的なリスクを感じさせないだろうか。いや、多少のドル安であっても、ドルで運用資産を持ち続けるメリットは揺らがない、という考え方もある。

おそらく、ドル安によって米株価が暴落という安直なシナリオよりも複雑な変化が起こるのではないだろうか。ドルの代替資産がないとしても、暗号資産のビットコインや金は大きく買われそうだ。FRBの予想以上の利下げによって過剰流動性が起こって、ドルとの代替性が高いユーロ、ビットコイン、金などが高騰するという予想が成り立つ。

<財政ポピュリズムへの懸念>

トランプ氏が、単に低金利になれば株価が上がり貿易赤字の解消にも役立つと考えているのならば、まだ最悪の状態ではない。

中央銀行制度が確立してきた経緯として、財政ファイナンスという「黒歴史」があることが知られている。発行した国債をマーケットで売却して米政府が資金調達するのではなく、FRBに理屈をつけて直接・間接的に購入させることに向かっていけば、その害悪はもっと深刻なものになるだろう。これは杞憂の域を出ない懸念に過ぎないが、その可能性はゼロと言い切れるだろうか。

米政権は、これまで債務上限問題に苦しめられてきた。財政拡張の歯止めとして議会で債務上限を定めるというルールである。もしこうした歯止めがなくなれば、トランプ氏は減税や歳出拡大などやりたい放題のことができる。筆者もまさかそこまで節度のないことはしないだろうとみている。しかしFRBの人事に介入することも、筆者にとってはその「まさか」であった。権力者というものは、制約がなくなれば自分の権力の及ぶ範囲を最大化しようとする傾向がある。米国の伝統的な保守主義は、そうした極端な行為を慎むところに好感を感じてきたが、どうもトランプ氏は例外のようだ。恐ろしいのは、極端な政策に対して、それに反対するカウンターパワーが生じないことにある。冒頭にも述べたが、FRBへの人事介入に対して強烈な反発が起きていないことは筆者にとって驚きというほかない。

米国でインフレ加速が起こり、ドル安が進むといった弊害以上に、健全な政策を守っていこうとする米国の伝統的な保守主義が、ここまでポピュリズムにあっけなく白旗を上げてしまったことは残念で仕方がない。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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