1946年、米国はドイツのV2ロケットを入手し、最初の実験を行った。第二次世界大戦終結後、米国とソ連の間で、V2ロケットとドイツ人科学者の獲得競争が始まった。(Photograph by Photo12/Universal Images Group/Getty Images)

1946年、米国はドイツのV2ロケットを入手し、最初の実験を行った。第二次世界大戦終結後、米国とソ連の間で、V2ロケットとドイツ人科学者の獲得競争が始まった。(Photograph by Photo12/Universal Images Group/Getty Images)

 1969年7月20日、米国人宇宙飛行士が月面に降り立った。このとき宇宙船に乗っていた人間は3人だけだったが、彼らを月に送り込むために、数千人が優秀な頭脳を提供していた。実はそのなかに元ナチ党員のドイツ人科学者が含まれていた。第二次世界大戦終結後、「ペーパークリップ作戦」という米国の連邦プログラムを通して採用された人々だった。

 元ナチ党員に米国での新たな生活を与え、NASAなどの国の機関に組み込むこの作戦は、果たして正しいことだったのか。その是非を問う議論は今なお続いている。(参考記事:「600万人のユダヤ人を殺害、ホロコーストはいかにして起こったのか」)

彼らを奪われないように

 連合軍がナチスドイツに迫りつつあった1945年春。第二次世界大戦の欧州戦線の終結を目前にして、米国は戦後の新しい世界の構想を練り始めていた。その構想には、米国の技術の進歩を支える優秀なドイツ人科学者の確保も含まれていた。

 戦争中、米国はドイツの並外れて高度な技術力に感嘆すると同時に、恐れを抱いていた。V1巡航ミサイルやV2ロケットといった精度の高い致命的な兵器の報告を受け、ドイツが繰り出してくる次世代の「ブンダーバッフェン(驚異の兵器)」に備えていた。

ギャラリー:ナチスの科学者を米国へ、アポロ計画にも 極秘作戦の光と闇 写真9点(写真クリックでギャラリーページへ)

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地下工場で撮影されたV2ロケット。ナチスは、第二次世界大戦の最終局面で、英国に対してV2ロケットを使用した。(Photograph by IWM/Camera Press/Redux)

 しかし何よりも恐れたのは、冷戦の緊張が高まるなか、フランスやソビエト連邦が優秀なドイツ人科学者を獲得してしまうことだった。「彼らを米国にとどめ、ソビエトに奪われないようにしなければなりませんでした」と、米リンチバーグ大学の歴史学教授であるブライアン・クリム氏は言う。

 そこで米国は、ナチスのために働いていた科学者たちに、米国での職と住まいを約束して、米国に呼び寄せることにした。(参考記事:「冷戦とは何だったのか、そして新たな冷戦がまた始まるのか?」)

「ペーパークリップ作戦(ペーパークリップ計画)」は、1945年に設立された統合諜報対象局(JIAO)による監督の下、ドイツ人科学者たちの技術的専門知識を米国の航空、軍事、宇宙計画の発展に活用しようという作戦だ。公式には1947年まで、しかし実際には同様のプログラムが1962年まで続いていた。これによってドイツとオーストリアからおよそ1500人の科学者が米国に渡り、その多くが市民権を取得した。

 どの科学者を選ぶかを決めるために利用したのは、ドイツ人エンジニアのベルナー・オーゼンベルクが戦時中に作成した1万5000人の科学者の名簿だった。1945年、連合軍が侵攻してきたとき、ドイツ軍は慌ててオーゼンベルクの名簿を破り、ボン大学のトイレに流そうとした。しかし、すんでのところで名簿は回収され、米国の手に渡った。

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